ワインとチーズとバレエと教授

理緒はいつから、 
これほど優雅になったのだろう。

けっして成金ではなくセレブに近い。

店のメニューを見ることもなく頼むものを決め、
高いワインではなく産地で選ぶ。

流行を追わない服と靴だが、常にTPOに合わせた服装だ。

いつも、上品なノーブランドの
フォーマルワンピースを選び
装飾品は何も身につけないし香水もつけない。

チーズの盛り合わせは
店に任せるものの、
前に出された店の美味しい
チーズを覚えて店長に伝える。
 
店長はさぞ嬉しいだろう。

チーズをベリー系にしたのは
ワインに合わせてだ。
きっと白ワインなら、
オレンジ系のクリームチーズを頼むだろう。

そして、いつの間にか
ハンカチを取り出しヒザにかける。

バッグは正しく右側に置かれ
上品にワインを一口飲む。
ワイングラスにうっすらついたルージュは
親指で、さっと消す上品さだ。

そう思いつつ、亮二から口を開いた。

「今日のバレエの感想は?」

「とても素晴らしかったわ
特にオーケストラが。
今まで聞いたオケで一番素晴らしかったわ。
出だしの5秒で、心を奪われたわ。
まるで、バレエがくすむほどよ。
ヤンソンスの指揮をもう一度聞きたいと思っていたのに、それも忘れるほど…でもバレエ演出も、
古典を守り抜いて幻想的だったのが好きよ」

用意されていたように
理緒は流暢に感想を述べる。
でも、用意などされていない。
もう、理緒の中では
自然な会話だった。

高尚な会話の最中、申し訳無さそうに
店長が、料理を運んできた。

理緒は会話を止めた。

そして、理緒は亮二が箸をつけるまで
決して料理を口にしない。

「頂きます」

亮二がサラダを箸でつまむと

「取り分けます」

と、理緒がスプーンとフォークをトングにして
手慣れた手付きで取り分ける。

学生時代、イタリアン料理店で
ウエイトレスのバイトしていた経験がある理緒は
こういうのには慣れていた。

「どうぞ」

理緒はサラダを美しく
盛り付けた皿を亮二に手渡した。

「ありがとう」

理緒が残ったサラダを
口に運んでいるとき、亮二は、医者として一言った。

「野菜ばかりじゃないか
肉も食べなよ」

サラダもバーニャカウダーも
基本、野菜だ。

「だから、チーズを頼んだわ」

「それだけじゃ足りない
牛肉や、ムール貝も食べて、また痩せるぞ」

「そうね…頂きます」

そうして、ムール貝と
ヒラメのカルパッチョをひとつまみ。

「これで食べたよね?」

とでも言いたそうな顔つきだった。

これが、今の理緒の亮二に対しての
反抗なのだと思った。

そうさせたのは亮二だった。
それは、分かっている。
でも理緒は、やはり、
少しずつ、痩せていっているー

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