【完結】鍵をかけた君との恋
「乃亜ちゃん、いらっしゃい」
「おばさん、お邪魔しまーす」

 翌日の昼過ぎに、私は陸の家を訪れた。

「ちょっと見ない間にずいぶん髪の毛が伸びたのねえ。すっかり大人っぽくなっちゃって」
「いつもボサボサで、ケアしきれてないです。はは」
「陸の部屋、散らかってるけどごめんね」

 昔から、陸の母は親しみやすい。生前の母との思い出も時々教えてくれるし、いつも優しい笑顔で私を出迎えてくれる。
 玄関先での褒め言葉に私が謙遜で返していると、彼女の背中から陸がひょっこり顔を出した。

「散らかってるけど、いつもよりは綺麗にしたぞ。母さん、後でお茶持ってきて」
「そんなの陸が自分でやんなよ、ばかっ」

 持っていた勉強道具一式で、陸の頭をバチンと叩く。

「すみませんおばさん。私がやりますよ」

 口元に拳をあてた陸の母は、クスクスと笑って言った。

「いいのよ乃亜ちゃん、ありがとうね。後で茶菓子も一緒に持って行くから、ゆっくりしててちょうだい」


 陸の部屋の勉強机。積み重ねられたプリント。

「これ全部やってないの!?絶対終わるわけないよ!」
「いやいや、なんの為の乃亜だよ。一緒にやるぞ」
「偉そうに言うなっ。私の残りの宿題が終わってからね」

 多少の雑談を挟みつつ、ローテーブルでふたり、宿題を進めていると、扉から聞こえてきたノックの音。

「お兄ちゃん、持ってきたよ」

 陸の妹である(かえで)が、茶と茶菓子を運んで来てくれたのだ。

「楓、お邪魔してまーす」
「乃亜ちゃん久しぶり。学校がないと、なかなか会わないよね」

 私や陸とひとつしか歳の変わらぬ楓とは、幼い頃からよく遊んでいた。陸と同様、幼馴染と言っても過言ではない。

「楓は宿題終わったの?よかったら、一緒にやらない?」
「いいの?」
「あったりまえじゃん。ねえ、陸?」

 指先でペンを回していた陸は、唇の動きだけで「いやだ」と言ってきたが、そんなことはどうでもいい。

「楓、お兄ちゃんもいいって言ってるから勉強道具持ってきなー」
「うん!」

 茶菓子の乗ったトレーをテーブルに置くと、彼女は自身の部屋へと駆けて行く。陸が言う。

「なんで楓も一緒なんだよ」
「べつにいいじゃん。なんでダメなの?」
「だって、せっかく乃亜とふたり……」

 そこまで言って、グビッと茶を流し込む。その先の言葉も、彼はおそらく一緒に飲み込んだのだろう。トントントントンと、ペンと机で奏でられる不満。
 せっかく乃亜とふたりきりなのに。
 そんな台詞、絶対に言わないで欲しい。


「乃亜ちゃん、ここわかる?」
「うーんと、なんだっけなこれ。たしか、簡単に解ける数式があったはず」
「数学の先生がもう少し男前だったら、授業も楽しいのにね」
「おじさんだもんねー」

 楓も交ざってする宿題は、私達女子の会話が弾む。陸は専らツッコミ役だ。

「乃亜、わかんねえなら素直にそう言え。中学二年の記憶なんて、もうないだろ」
「わ、わかるもんっ。たった一年前じゃん」

 必死になる私を、陸は鼻で笑ってくる。しかしこちらには、味方がいるのだ。

「乃亜ちゃん、お兄ちゃんってほんと嫌な男だからさ、無視しよー」

 血筋を超えた、強い味方が。

「そうだね。ちょっと陸、どっか行っててよ」

 今度は女ふたりでクスクス笑う。

「なんでだよ!ここは俺の部屋だろーがっ!」

 昔からずっと、こんなやり取りができるふたりといると、心は癒される。
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