【完結】鍵をかけた君との恋
「ただいま……」

 いつも通りの静けさにプラスされる空虚。奈緒さんの部屋は昨日のまま、帰ってきた形跡はない。母が死んだ時もそうだった。何日も何十日も片付けられることのなかったこの部屋が、ある日突然掃除され空っぽになるんだ。その経験を、私はもう一度するのだろうか。

 辛いから誰かに聞いて欲しい、そんなんじゃなくて。今すぐ逢って話したい。だから私の指は、陸を呼び出したんだ。

「陸?逢いたいっ」


 突然寄越した電話にもかかわらず、陸は予定を切り上げて会いにきてくれた。いつもの川沿い、いつものふたり。これが一番、心安らぐ。真剣な面持ちの私に、陸は不安げだった。

「どうした乃亜。何かあったか?」

 陸に話したいことは、くだらない内容も含めて無数にある。でもまずは──

「前に……話したことあったっけ。お父さんの彼女のこと」
「ああ、一緒に住んでるって言ってたよな。スナックの人だろ?」
「うん。陸にあんまり話してなかったけどさ、けっこう上手くやってたんだよ。お正月にお蕎麦用意してくれたり、高校合格した時も、みんなでご飯行ったりしてさ。なんていうか……お父さんとふたりきりじゃできなかったこと、彼女がしてくれたっていうか」
「そうなんだ」
「奈緒さんがいなかったら、もっと暗い家になってたと思う」

 だから信じた。なのに。

「奈緒さん、いなくなったの……」

 信じなければよかったのだろうか。

「お父さんと喧嘩して、あっさりと出て行った。馬鹿みたいだよねっ。一緒に住むのもいいかも、楽しいかもって思ったのに、結局これだもんっ」
「いつ?」
「昨日の朝」
「だからか、お前の様子が変だったの。ずっと無理して笑ってた気がしてた」

 見えない風を見つめ、陸は今にも泣きそうな私にかける言葉を探している。彼の視線の先、向こう岸で飛ぶ鳥を、私は眺めていた。

 川、鳥、空、そして陸。私は息を吸った。
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