冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
四章 気持ちがあふれる
 凌士との関係が変化した、その翌週。

 あさひは自分の業務のかたわら、手嶋が出した資料に目を走らせていた。
 以前から定期的に出すよう指示していたものだが、手嶋はなかなか手をつけなかったのだ。

 あさひは、自動車業界を含めた雑多な記事をクリッピングしたものを読みこんでいく。地味な仕事に不服があるようで、脇に添えられた所感もまとめかたが雑だ。

 けれど、あさひはそのうちのひとつに目を留めた。

(これ、事業化の芽があるかも)

 あさひは手嶋に声をかけ、フロア内のミーティングテーブルへ移動する。手嶋は渋々ついてきた。

「この資料、手嶋くんの着眼点が面白いと思うから、詳しく聞かせてくれる?」
「はあ。えっと……自動車を含めた輸送全体における環境問題はこれまでも議論されてますが、この研究は切り口が新しくて——」
「へえ、興味深い。俺にも聞かせろ」
「如月統括!」

 あさひが振り向いたとき、凌士があさひの隣の椅子を引いた。椅子に腰を下ろして長い脚を悠然と組む凌士の姿に、手嶋が驚くと同時に顔をしかめる。

 凌士は一般社員にとっては、近づきがたい威圧感のある存在だ。その凌士がみずから社員の打ち合わせに交じる異例の姿に、ミーティングテーブル周辺の座席から、どよめきが上がる。

 凌士の支配者然としたオーラを前にして、さすがに手嶋も萎縮している。あさひもまた凌士と打ち合わせをするのは初めてで、肩が強張った。だけど、部下を萎縮させては業務が進まない。

 あさひは手にしていた資料を凌士に渡す。

「手嶋くん、話が整理できてなくてもいいよ。適宜フォローするから。……統括、これはまだ正式な資料の体裁ではありませんので」
「わかっている。ラフでいい、話せ」

 凌士は上司だ。失望だけはされたくない。
 あさひは部下の話を補足しながら、事業化の可能性について自分の考えも伝える。
 凌士は矢継ぎ早に質問を繰り出した。その顔は、如月モビリティーズを率いる人間のもので、妥協も甘えも許されない雰囲気だ。

 それがあさひは逆に嬉しくて、打ち合わせは大いに盛り上がった。

「統括!」

 打ち合わせを終え、フロアを出る凌士をあさひは途中で呼び止めた。

「さきほどは、ありがとうございました。統括のおかげで、モチベーションが上がりました」

 あさひは凌士について、喫煙室の代わりにできたリフレッシュスペースに入った。ワンルームほどの広さの明るい空間に、自販機が二台とベンチが並んでいる。さいわい先客はいなかった。

 凌士が自販機でミルクティーのボタンを押す。コーヒー派の凌士にしては珍しいと思って見ていると、凌士がそれをあさひに差しだした。

「碓井も休憩するといい」
「ありがとうございます。統括があんな風にフランクに接してくださるなんて意外でした」

 受け取って頭を下げる。凌士はふたたび自販機に向かい、自身のだろうアイスコーヒーを買う。

「俺にとっても有意義だった。碓井のおかげだな。これからは末端の話も積極的に吸い上げることにしよう」
「わたしですか?」

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