Einsatz─あの日のメロディーを君に─

第27話 謎を残したまま

 冬休みが明けて、三学期になった。
 合唱コンクールでの有志合唱の練習が始まったので、美咲と彩加は昼休みに音楽室に行った。前年度より人数が増えていて、しかも先生も何人かいた。もちろん、朋之や米原史明、それからなぜか破壊大魔王もいた。
 前期の選択授業で篠山が言っていた通り、やはり卒業にちなんだ曲の練習もした。美咲は授業では伴奏をしたけれど、今回は篠山からは何も言われていない。だから美咲は普段の授業のようにピアノのすぐ横で彩加と並んで歌っていて、正面に朋之が見えたので少し視線に困っていた。
 ──けれどやはり篠山は美咲に伴奏を任せるつもりだったらしい。
「美咲ちゃーん、お願い」
「え? 私?」
 覚悟はしていたけれど。
 美咲はいつの間にか足が動いていて、気付いたときにはピアノを弾いていた。けれど正面には先生たち、隣には朋之がいて、おまけに前期の授業が終わってから弾いていなかったので何度も間違えてしまった。
「めっちゃ間違えた」
「ははは、いけるいける。また練習しといて」

 美咲のまわりで不思議なことが起こり始めたのはその頃からだった。
 放送室で音楽を流しながら弁当を食べたあと、弁当箱を片付けるために侑子と一緒に教室に向かうと、ドアの前で男子たちが群れていた──というより、並んで壁を作っていた。美咲は前のドアから入りたかったけれど、それは無理だった。
 仕方なく後ろのドアから入ると、なぜか菅本と湯浦が笑いながら手を振っていた。
「えっ、何してんの?」
 全く意味がわからなかった。
 笑顔で迎えられたので思わず笑ってしまったけれど、何かの遊びかな、と思ってそのまま席に向かった。弁当箱を片付けてから今度は前のドアから出て放送室に戻った。

 美咲の成績は以前よりは良くなっていたけれど、それでも安心はできなかった。三学期の期末試験を終えて、私立高校の入試も終了し、残りは合唱コンクールと公立高校入試だけになった。

 けれど三年五組のコンクールの指揮はまだ決まっていなかった。もしも美咲が決めて良いのなら、裕人か高井を指名するつもりだった。
 そして迎えた最後の音楽の時間、やはり篠山は指揮者が決まっていないことに焦っていた。クラスを自習にさせて、教室の隅になぜか湯浦を呼び出してしばらく話していた。指揮は彼に決まったらしい。
 練習が始まったので美咲はピアノの前に座ったけれど、なぜかみんなが笑っているように見えた。
「目合わして!」
「えっ……」
 確かにそれは大事ではあるけれど。言った篠山は笑っていたし、クラスメイトも笑っていたし、湯浦は一人で爆笑していた。
(変なクラスやなぁ……)

 そしてやはり司会は美咲たち放送部員になったようで、放課後に篠山に呼ばれた。侑子は面倒くさかったようで、お腹が痛いから帰る、と伝言を頼まれた。
 打ち合わせの内容は主にアナウンスの言葉と、指揮者と伴奏者の名前の確認だ。
「湯浦君って、これ何て読むの?」
 彩加はおそらく彼を知らないので、篠山は美咲に聞いた。
「ゆうじ。幼稚園からずっと一緒やぁ」
 だから美咲にとって彼は、単なる同級生でしかない。篠山は「ふ~ん」と言っていたけれど、それからしばらく言葉がなかった。

 教科書の勉強が終わって自習になる授業もあった。騒いで隣のクラスに迷惑にならないように、という条件付きで、ほとんどの生徒は遊んでいた。美咲は友人たちと、先生が持ってきたトランプで遊んでいた。近くで〝負けたら誰かに何かを言うゲーム〟をしている男子たちがいて、美咲のところにも誰かがやって来た。
 それは、裕人だった。
 けれど彼はしばらく何も言わず、腕を組んで考えているように見えた。友人たちが面白いことを言われていたので、美咲も覚悟はしていた。というより、既に笑ってしまっていた。
「なに……?」
「鯉って何だろうね」
 友人たちはもちろん美咲も笑ったけれど、意味がわからなかった。鯉は池で泳いでいるやつだ、と思い浮かべた。
「発音変えたぁ!」
 男子のグループの誰かが叫んだ。
「発音? ああ……」
 戻っていく裕人を見ていると、お腹を抱えて爆笑している湯浦がグループの中にいた。
 本当に、意味がわからなかった。

 学校の歌のテストで、美咲はまたクラス全員分の伴奏を頼まれていた。しかも時間内には女子しか終わらなかったので、放課後に男子をすることになって美咲は呼ばれた。残念ながら侑子は付き添ってくれなかったので、美咲は何とか男子たちからの視線に耐えた。

 合唱コンクールで五組の歌は声が小さく、おまけに美咲は何回か間違えてしまった。篠山が録音していたものをコピーさせてもらって聴くと、有志合唱のソプラノの高すぎる音がマイクを通って割れてしまっていた。しかも、喋ったり一緒に歌ったりしている篠山の声まで、しっかり録音されていた。五組と一組のどちらかが最下位で、優勝は八組だった。

 三年生を送る会も無事に終わり、とうとう卒業式の日になった。式が進行する中で、男子生徒がどうなのかはわからないけど、やはり泣きだす女子生徒は多かった。
 美咲の隣はパンダだったのであまり泣きたくなかったけれど。
「友紀ちゃん、向こうのほう泣いてる……」
「ヤバい、泣けてきた」
 パンダたちが言っているのと同じ頃に、美咲も少しだけ泣きそうになっていた。
 教室に戻って話を始めた担任も、泣きそうになっていた。その間に生徒たちの間でいつの間にか用意されたクラッカーがまわってきて、担任の話が終わってから鳴らすと、みんな泣いていた。

 荷物を持って教室を出て、廊下を歩いていると篠山に会った。
「みんな待ってるから、早く行きなさいね」
 階段を降りて外に出て、二年生と保護者が作った花道を歩いて、卒業生は広いほうのグラウンドに行った。
「美咲ちゃん、侑ちゃん、おめでとう。もう君らに音楽かけてもらわれへんね」
 いつの間にか隣にいたのはクラブの顧問だった。
「うん……。先生、放送部、残してな」
「残すよー! 二年生も入ってくれたし、良かったわ」
 それからしばらく友人や先生と写真を撮ってはしゃいでいた。
 もう会うことがない人たちと、ずっと喋っていた。
 危険物体たちやクラスの男子は遠くにいたけれど、美咲は特に何も思わなかった。
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