Einsatz─あの日のメロディーを君に─
第2章 過去─彼らとの出会い─

第3話 トラブルメーカー

 紀伊(きい)美咲が高井佳樹(よしき)と出会ったのは、江井中学校の入学式の日だった。

 体育館での式が終わったあとに友人たちと廊下で話していると、近くにいた人が叫んだ。
「うーわ、最悪、〝前髪命〟や!」
 声の主は同じクラスの男子生徒だったらしい。
 背は高く、ひょろっとしていた。つい最近まで履いていた制服の半ズボンは似合わなかっただろうし、ランドセルを背負っていた、なんて想像がつかなかった。

「何よー! 私だってあんたと同じクラスなんかなりたくなかったわ!」
 彼女もクラスメイトのようで、口論相手の男子生徒とは同じ小学校だったらしい。見るからに仲が悪そう、というよりは、周りの反応を見ている限り、男子生徒のほうが完全に悪者だ。

「うっさい黙れ、前髪命!」
「こっ、あんたの方がうっさいわ!」
 入学式前に前髪を切りすぎた、と女子生徒が友人たちと話しているところに男子生徒が通りかかったらしい。
 二人の口論は近くにいた全員が見ていたけれど、一番近くで見ていたのは美咲だった。それに気付いた男子生徒は美咲に変な顔を向けてその場から逃げた。

 教室に入ってから美咲は席に着き、クラスを見渡した。幼稚園や小学校で一緒だった友人もいるけれど、半分以上は初めましての人だ。江井中学は近隣三つの小学校からの進学がほとんどで、生徒数の割合は(およ)そ一:一:二だった。美咲の家は小さい二つの小学校どちらかを選べる場所にあったので、選ばなかった小学校にも友人が何人かいた。大きい小学校はそもそも最寄駅が違うので、知っている人はいない。

 右斜め後ろに例の男子生徒の姿を見つけ、それは彼が再び美咲に変な顔を向けたのとほとんど同時だった。
(うわ……前向いとこ、右後ろバツ、っと)
「もう、うるさいなぁ! なに?」
 美咲の隣で声をあげたのは、先ほど前髪命と呼ばれていた女子生徒だった。

 廊下で口論していた二人が、美咲の隣とその後ろの席だった。女子生徒とは仲良くしようと思ったけれど、男子生徒のほうは避けて過ごそうと思った。いま声をかけていたのも特に用事はなかったようで男子生徒は女子生徒から鬱陶しがられ、彼を知るクラスメイトにも『うるさいぞ』と言われていた。

 それから美咲は、席が近くの友人たちと話しながら担任が来るのを待った。慣れないセーラー服のスカーフの結び方が気になったり、小柄な男子たちはまだ〝制服に着られている〟感があって笑ったり。江井中学は〝柄が悪い〟という噂をずっと聞いていたので心配していたけれど、とりあえずは平和そうなクラスで安心していた──例の男子の存在以外は。

 美咲はクラスの中では背は高いほうだったようで、男女に分かれて二列に並ぶと近くに例の男子がいた。彼は既にほとんどの男子と打ち解けていたようで、始業式のために整列して座っていた体育館でも、先生たちの話を聞きながら前後の人にちょっかいを出していた。
 もちろん美咲も新たな友人を作っていたし、クラスメイトとはそれなりに打ち解けていた。それでも彼は美咲が苦手だったのか、美咲の視線を感じるといつも口を閉じていた。美咲は何も言っていないし、関わってもいない。周りが〝うるさい〟と言うのを聞きながら彼のほうを見ると、ほぼ確実に彼は静かになった。

「何なんやろ、あの人」
「変な人やん、ほっといたら? 男子たちも扱いひどいし。別に格好良くもないし」
「……ほんまやな」
 帰りに友人たちと話していると、いつも彼の話になった。美咲は自転車通学がギリギリ認められない距離だったので徒歩通学をしていた。小学校から一緒だった浜埜(はまの)侑子(ゆうこ)とは家が近かったので、いつも一緒に下校していた。
「侑ちゃんの席の近くは良いなぁ、変な人おらんよなぁ」
「うーん……そうやなぁ。頑張れ、美咲ちゃん。はぁ……格好良い人もおらんなぁ……キザっぽい人はおるけどな」
「あー……おるなぁ。頭良さそう」

 それから数日して授業が始まり、弁当を持っていくようになった。初めは前を向いて食べていたけれど、ある日、担任が言った。
「弁当……机くっつけて食べるか?」

 席が近い六人で向かい合わせて班を作ることになった。それは、一部生徒には不評だったらしい。
「えーっ、なんで私あんたとお弁当食べんとあかんのよーっ」

 叫んだのは美咲の隣の女子だ。彼女は前から二列目なので、後ろの彼と同じ班になってしまうらしい。
 彼女が一緒ということは美咲も一緒になるわけで、美咲がふと彼を見るとやはり変な顔をしていた。
(だから私が何したっつーの!)

 美咲も彼と一緒に食べたくなかったけれど、仕方なく机を移動させた。周りは楽しそうにしているけれど、美咲の前はそうではなかった。
「もうっ、嫌っ、もっと離れてっ!」
「なっ、おいやめろっ、お茶こぼれるやろがぁーもーっ!」
「あんたがこっち来るからやろー!」

 女子生徒が彼の机を押して、また口論になった。というより、押された先にも彼を嫌う女子たちがいたので一人対多数になり、彼は二つの班に挟まれて一人で弁当を食べることになった。

「だから、こっち来んといてっ!」
「やめろっ、こぼれる!」
「あんた、あっちの班やろ?」
「俺ちゃうわ、あいつが押したんやで」
「おまえの班、一人?」
「うっさいわ!」
 彼には友人がたくさんいたので、遠くから話しかけられてはいたけれど。担任に見つかって、元の位置に戻されていたけれど。

 女子たちに嫌われ、男子たちからも雑に扱われ、もちろん先生たちにもすぐに目をつけられ、彼の噂はやがて学年中に広まった。自分のクラスに留まらず、友人がいる他のクラスでも問題を起こしたり嫌がられたりしていた。文字通りトラブルメーカーだった彼とは、できるだけ関わらずに過ごしていきたかった。

 ──はずなのに、二年のときは違うクラスになって喜んだのに、彼の噂はほとんど毎日聞いた。そして美咲も学年では有名な存在になってしまったせいか、彼とは卒業するまで関わり続けることになってしまうなんて。大嫌いとさえ思っていたのに、最後には妙な親近感を持ってしまうなんて。

 それが、高井佳樹との出会いだった。
< 3 / 37 >

この作品をシェア

pagetop