Einsatz─あの日のメロディーを君に─

第33話 君は僕の夢だから

「俺、美歌とどっか行こか……?」
「いや……おって。Harmonieの話もしたいし」
 十一月のとある土曜日の午後、彩加が美咲を訪ねて山口家にやって来た。朋之はどこかに行こうとして美咲に止められた。彩加が来ることは知っていたし予定はないので家にいたけれど、実際に顔を合わせると居心地が悪くなってしまったらしい。
 彩加は午前中にえいこんの練習に参加し、近くで昼食を済ませてから美咲を訪ねてきた。練習には電車で行っているので、駅からはバスに乗って来たらしい。
「駅前も変わったよなぁ。私ら江井中に通ってたとき、こんなに家なかった気する」
「そうそう。私も当時のこと思い出されへん」
 美咲が言ったのは、当時の風景だ。駅前のバスターミナルはあったけれど、近くに住宅街はなかった。江井中へ向かう道も家はポツンと建つ程度だったし、学校前の坂の下も急勾配だったところが緩やかになって道も少し変更されていた。いつか森尾が石を投げていた場所にも建物ができていた。
 そのことは、Harmonieに入ってから朋之と母校を訪ねたときに確認していた。朋之が彩加と付き合っていたと美咲に打ち明け、美咲と朋之が当時から両片思いだったとわかった日だ。
「彩加ちゃん──私と一緒ってのが嫌やったんやろ? いろいろと」
「まぁ、うん。美咲ちゃん、すぐ人の真似してたやん?」
「そう? ……全くしてなかったとは言われへんけどな……」
「だから、美咲ちゃんがいてないと思って、篠山先生も知ってるからえいこんに入ったのに!」
 彩加は少し声を大きくして朋之のほうを見た。朋之は二人とは離れて美歌と遊んでいた。
「……え? 俺?」
「合併のこと?」
「そう!」
 彩加は高校で新しい友人が出来てから、それまでの友人や知人とは距離を置くようになったけれど。朋之にも自分から声をかけておきながら、自分から関係を()ったけれど。
 同窓会で旧友たちと再会し、会社を辞めて地元に戻り、同級生たちと会うようになって当時の話をすることも増えて、当時の感情が甦っているらしい。朋之を美咲から奪うつもりはないけれど、美咲とも仲良くしたいけれど、頻繁に顔を合わせるのは違う話らしい。
「合併したら毎週やし、篠山先生がいなくなったら山口君が代表やろ?」
「まぁ、そうやな」
「それはキツいわぁ……」
 Harmonieとえいこんの合併は正式に決まったわけではないけれど、えいこんから反対意見は今も出ていない。人数の減少が続くので合併はありがたい話らしい。もちろんまだこのことは、Harmonieのメンバーは知らない。
「そうやなぁ……彩加ちゃんにはキツいよなぁ」
「もう会うことないと思ってたのに」
「……え? いや、俺は悪くないやろ……? ……そもそも……」
 朋之は美咲のほうが好きだったし、離れていったのは彩加だ。Harmonieに入ったのが美咲ではなく彩加だったとしても朋之は結婚していなかっただろうし、彩加とのことはもう気にしていない。そのことは美咲も知っているし、彩加もそのはずだ。
「ところで美咲ちゃん、侑ちゃんがいまどうしてるか知ってる?」
 彩加が話題を変えてくれたので、朋之は美歌のほうに向き直った。
「あ──ううん、知らん。成人式のちょっと前やったかなぁ、何年も連絡なかったのに突然年賀状届いて、一回遊んだけど、それきりやわ。成人式も同じ美容室で着付けの予定やったけど、来んかったみたいやし」
 美容師は祖母と仲が良く侑子の家の近くだったので、たまに噂は聞いていた。早くに結婚したらしいとも聞いたけれど、その後のことは知らない。
 侑子は中学までは大人しい子だったけれど、高校に入ってから悪いほうに変わってしまった。侑子は同窓会にも来ていなかったし、彩加も何も知らないらしい。
 それから美咲と彩加は昔話や近況報告を続けた。
「そういえばこないだ、実家戻ってくるときに運送屋にお願いしたんやけど、米原君おってびっくりした」
「え? ……ふみ君?」
 米原史明──中学二年のときのクラスメイトだ。
「うん。最初わからんかったんやけど、運んでもらって帰り際に気付いてん。ずっと地元にいてるって。同窓会も、仕事で行けんかったって」
「へぇ……ははは、班長……」
「班長? あ──あのときか」
 美咲は彼と同じ班になったときのことを思い出していた。日誌係になろうとしていた彼に朋之が〝レディーファースト〟と言い、班名が〝夜寝腹踏秋〟になったときだ。
 同級生たちの多くは地元を離れていたけれど、残って親の手伝いをしている人も結構いるらしい。いまは離れていても、朋之や森尾のように戻る予定の人もいるだろう。

 夕方になり、彩加が帰ろうと山口家の玄関を出ると、バタバタ、と足音がした。
「ミカちゃーん!」
「こら、俊、危ない」
 彩加の見送りに出ていた美歌を見つけて走ってきた俊と、追いかけてきた森尾だった。
「あれ、佐方さん、来てたん?」
「うん……森尾君は?」
「ああ、俊の用事で学校行っててん。先生、昼間はいてないから……」
 それは、えいこんの練習があるからだ。
「帰るんやったら、送ってくけど。車あっちやねん」
 彩加を送るには遠回りすることになるけれど、森尾は何も気にしないと言った。彩加は申し訳なさそうにしているけれど、バスと電車を乗り継いで再び坂道を上るのは辛い。
「彩加ちゃん、送ってもらい。楽やん」
「乗って乗って。気にせんと」
「じゃあ……そうしようかな……ありがとう」
「OK。あ、その前に──ごめん、山口君、トイレ貸して」
 どうぞ、と笑いながら朋之は森尾と一緒に家の中に入り、美咲は外で待った。俊は美歌と学校の話をしていて、彩加はそれを聞きながら笑っていた。
 森尾は本当にトイレに行きたかったらしいけれど。
 トイレから出て玄関に来る前に男二人で話しているのを美咲ははっきり聞いた。森尾のあとから出てきた朋之に『あの話?』と聞くと、彼はニヤリと笑った。
「あいつは前向きみたいやで」
「じゃあ、彩加ちゃん次第ってことか」
「いつまでも引きずられるのも嫌やしな……」
 美咲と朋之が外に出ると、森尾は既に彩加の隣にいた。美歌と遊んでいた俊を呼んで車のほうに向かう。
「山口君、また連絡するわ」
「おう。またな」
 数時間後、美咲と朋之のスマホに森尾と彩加からそれぞれ連絡が入った。彩加と森尾は付き合うことになり、それには俊も喜んでいるらしい。
< 33 / 37 >

この作品をシェア

pagetop