Einsatz─あの日のメロディーを君に─

第35話 はじまりの夏

 年度末の懇談で篠山が言っていた通り、二年生になった美歌はまた篠山が担任だった。クラス全員がそのまま持ち上げられているので、森尾俊とも一緒だ。
 始業式のあと、美歌は俊と一緒に家に帰ってきた。
「ただいまー」
「俊、おかえり」
 森尾は午前中から山口家を訪ねてきていて、三人で昔話や世間話をしていた。新年度初日は金曜日になり、森尾も朋之も有休が取れたので夜まで一緒に過ごす予定にしていた。中学の頃は特に仲良くはなかったけれど──森尾と朋之は仲が良かった気もするけれど──一年前に再会してからよく会うようになった。
「俊、良かったな。また美歌ちゃんと同じクラスで」
「うん! でも、みんなおなじクラスやった」
 俊は父親に友達との出来事を報告して、最後に『そういえば、せんせいが』と頭にハテナを浮かべて話しだした。
「せんせいが、お父さん何かあったん? って言ってた。なんか、笑ってたで」
「え? 何やろ?」
 俊の言っていることが森尾には分からなかったらしい。
「俺、何か言ったかな?」
 森尾は俊に手を洗ってくるように言ってから、昼食の準備をしている美咲を手伝いに来た。朋之は美歌と俊と一緒に手を洗いに行った。
「別に何も言ってないと思うけどな。懇談も普通やったし……。あっ、カツもあるんや」
「うん。俊君、どれくらい食べる?」
「えっとな──」
 美咲は朝からカレーを作っていて、トンカツは近くのスーパーで買ってきていた。美歌はまだまだ少食だけれど、俊のことまでは細かくわからない。
 四人分のカツカレーをテーブルに運びながら、美咲は森尾に『さっきの俊君の話……』と言った。
「ごめん、私が余計なこと言ったかも」
「え?」
「別に、具体的なことは何も言ってないんやけど……〝森尾君から何か聞いてますか?〟って聞いたら、何も知らんみたいやって……たぶん、それやと思う……本人から聞くと思う、とだけ言っといた」
「俺が先生に? あ──、ははは、そうやな……学校にも言わなあかんからな……」
 美咲も朋之も本人からは何も聞いていないけれど、彩加のSNSがかなり久々に更新されていた。誰と、とは一切書いていなかったけれど、楽しそうな写真がいくつか並んでいた。おそらく森尾と、もしくは俊も一緒に出掛けているのだろう。
 食事が終わってから、近くの公園へ花見に出掛けた。美歌と俊は走り回り、大人三人はそれを見ながら話を続けた。
 彩加とはだいたい週末に会っているけれど付き合う以上の話は何もしていない、と森尾は言った。
「紀伊さん、何か聞いてる?」
「彩加ちゃんから? ううん。何も連絡ない」
「そうか……」
 仲良くはなってきているけれど、俊とも楽しく接してくれているけれど、彩加の気持ちは確かめていないので関係を変えて良いのかはわからないらしい。
「森尾──早めに頼むで。できれば夏までに」
「夏?」
「そうやなぁ……Harmonieとえいこんが合併するから、彩加ちゃんの気が変わらんうちに」
「ああ……そういえば、山口君と……そやな……」
 彩加と朋之、それから美咲の関係は森尾も正しく知っている。彩加と朋之の関わりが増えて彩加が過去を思い出す前に、できれば関係を変えてもらいたい。森尾と付き合いだしてから彩加が美咲と会うことは減ったし山口家にも来ていないけれど、彩加はまだ朋之を見ると少し顔をひきつらせている。

 えいこんの定演は入場無料でいつも満席だったけれど、Harmonieとの合併前最後のステージは過去最高で立ち見客も多くいた。日曜で本来ならHarmonieの練習日だったけれど、メンバー全員が招待してもらっていた。
 それは、Harmonie最後の定演でも同じだった。合同の定演で知ってくれた人や、えいこんと合併すると聞いて興味を持ってくれた人もいたようで、今までのどのステージよりも客は多いと感じた。
「ほんまにみんな、お疲れさまでした。良いステージでした。引退するって決めたけど、もっとやりたいくらい……。でも、これからは山口君と篠山先生にバトンタッチして、見守ることにします」
「うちは長年、人数の減少に悩んでて……そんなときに、山口君から合併の話を聞いて、嬉しかったです。人数減っていって解散するよりも、形は変わっても、みんなでまた歌い続けられるなら、良いんじゃないかと思います」
 Harmonieの定演の片付けが終わったあと、えいこんのメンバーも交えてミーティングをした。井庭の挨拶のあとに花束を渡すと、サプライズだったので少し泣いていた。
「あとは山口君──お願いします」
 井庭に呼ばれて前に出た朋之は、改めて挨拶とこれからの決意、合併後の予定などを話した。
 練習は日曜の朝に江井市の公民館で、都合が悪い人にはその午後に元のHarmonieの練習場所を予備に押さえること。出演イベントはほぼ今まで通りで、Harmonieよりはえいこんに基準を合わせること。季節によっては花見やバーベキューなどイベントも予定していること。
「やったぁ。あ──合宿は?」
「それは、保留中です。全員参加は確実に無理やから。うちもやけど小さい子供いてるとこも増えてきたから、子供たち連れて幼稚園とか小学校にも行かしてもらおうかと思ってます。それは篠山先生にお願いしてます……」
「はい。声かけてみます」
 学校のイベントは、朋之よりも篠山のほうが確実に詳しい。
「それで、肝心の名前(・・)ですが」
 朋之は言葉を切ってから、近くにあったホワイトボードを引っ張って持ってきた。それからペンを手にとって、文字を書き始めた。
Eikon(えいこん)とHarmonieをくっつけて──そのままやけど、〝Ei-Harmonie〟えいはーもにー、良いハーモニー、どうでしょうか」
 そんなアイドルがいたような気がして笑いが起こったけれど。
 反対なしの全員賛成で、Ei-Harmonieが発足した夏。
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