炎の魔女と氷の皇帝*転生したら弟子と契約結婚をすることになりました*

『……――あなたはもう、クレアじゃない。だから名前をミーシャにしたの。平和、平穏な世界という意味よ』

 母エレノアの夫はフルラ国の兵士で、十六年前に命を落とした。彼女はその直後にミーシャを産んでいる。

 エレノアは、クレアの生まれ変わりだとわかってもミーシャを愛しみ、育てあげた。まっすぐ向き合ってくれた。

 まだまだ甘えたい年ごろなのに、母親に萎縮しているノアがかわいそうだった。
 親子に言葉をかけようとした刹那、ビアンカはミーシャに強い眼差しを向けた。

「炎の魔女。あなた、炎の鳥を使って、皇太子に危害を加えるつもりだったのですか?」
「違います!」

 すぐに否定したが、聞き耳を立てていた貴族たちがどよめきだした。

「炎の鳥は、我がグレシャー帝国を何度も火の海に沈めた。それをお忘れとでも?」

 忘れたりなどしない。歴代の魔女やクレアの犯した罪は重い。
 ミーシャは誠意が伝わるように、ビアンカに向き直った。

「先代の魔女がしたことは許されないこと。一日たちとも忘れたことなどありません。だからこそ、私はここにいるのです。過去の遺恨を乗り越え、両国が友好な関係を築く、架け橋になるのが私の使命と思っております」

 リアムがそう思わせてくれた。気づかせてくれた。だからその気持ちに応えたい。

「架け橋? 令嬢はとても崇高なお考えをお持ちですのね」

 ビアンカは笑みを浮かべながらミーシャに近づくと、他の者には聞こえないように小さな声で言った。 

「子どもの戯れ言ね。それなりの身分の者が敵国に嫁ぐということはつまり人質。友好な関係なんてしょせん、夢物語よ」

 冷ややかな瞳、憎しみのこもった低い声に、背筋が凍った。
 固まっているあいだにビアンカは、注目している大衆に向かって声を張った。

「みなさま、令嬢に失礼を働かないようにお気をつけあそばせ。魔女の彼女は炎の鳥をたやすく扱えるようですわ。逆らってはなりません」

 大衆から悲鳴があがる。ざっとあとずさりして離れて行く。

「ビアンカ皇妃。私はそんなことしません!」

 否定しても周りの者は怯えたままで、疑いと警戒の目をミーシャに向けた。

「お母さま! ミーシャさまはそんな人じゃ……」
「ノア。あなた、危うく魔女に魅入られるところだったわ。だからいつも言っているでしょう? いついかなるときも、私の言うことを聞きなさいと」
「ノア皇子はなにも悪くありません」

 自分のことはなんと言われてもいい。ノアの傷ついた顔は見たくなかった。

「なにを騒いでいる」

 張り詰めた空気に割って入ってきたのは、冷気を放つリアムだった。
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