香澄くんは心配症〜吸血鬼の幼なじみと友達以上恋人未満?〜
「もうこの話はいいから、早く帰ろう」

香澄くんの手を握ったまま立ち上がる。

「ヤダ」

けど、香澄くんは立ち上がらなかった。
私の手を離して、座ったまま私の腰に両手を回してくる。

「いい匂い」

私のおへその辺りに顔を埋めてまた言った。

「だから、やめてってば!」

本当に、こういうとこだけはデリカシーがない!

吸血鬼の香澄くんが言ういい匂いってのは、もちろん血の匂い。
そして私は、月に一回訪れるあの日だった。

「明日またお弁当作ってくるね」

「いいってば! 私、レバーもほうれん草も苦手なんだって」

香澄くんの肩とか頭とかつかんでなんとか体から引き離そうとするけど、がっちりつかまれて離れない。
本当に、華奢でも男の人なんだなって思う。

「おいで、あっためてあげる」

逆に引っ張られて、香澄くんの膝の上に座らされてしまった。

「ヤダっ、誰かに見られたらどうすんのよ」

ぎゅっと、膝の上で抱きしめられてしまう。
おへその下で手を組まれ、首筋に息がかかる。

「ひゃっ、あっ‥‥!」

ぬるりと、首筋に湿った舌がふれて思わず声が出る。

「ヤダっ、さすがに今日はダメだよ! ただでさえ貧血なんだから」

さっきシーズーみたいにしょぼくれていたのに、まさか吸血鬼の本能には抗えないのと体に力が入る。
暴れてみても、やっぱり香澄くんはビクともしない。

「まさか。僕は吸血鬼だけど、鬼じゃないよ」

そう言いながらも、首筋から唇は離れない。

「味見してるだけ」

首筋から離さないまましゃべられると、甘噛みされているよいなくすぐったいような変な感じがして、落ち着かない。
吸血されている時とは違う首筋の感覚に、座り心地が悪い。

「ねえ、いつか‥‥僕の血を飲んでね」

「えっ?」

不思議な言葉に思わず香澄くんを見るけど、私の首筋に顔を埋めていて表情は見えなかった。

「なんで? 香澄くんに血を吸われても別に吸血鬼にはならないんでしょ?」

今まで何度も香澄くんに血を吸われてきたけど、血を吸いたくなったことなんて一度もない。

「うん、ならないよ。でも、いつか僕の血を飲んで欲しいなぁ‥‥意味、わかんない?」

「うん‥‥わかんない」

「そっかあ」

あ、もしかして‥‥

「逆に、私が飲むと吸血鬼になれるの?」

「それもならないよ〜」

笑われてしまった。
血が必要な以外は人間に近いし、お伽話ほどではないけど人間よりは老いにくく長生きだって聞いたから、ちょっとなってみたい気持ちもあったのにな。

「じゃあなんでそんなこと言うの?」

「‥‥‥‥」

人間は吸血鬼にはなれない。
昔、香澄くんが言ってたことに変わりはないみたい。
ならなんで、香澄くんは私に自分の血を飲んで欲しいと言ったの?
私を抱きしめて首筋に顔を埋めるだけの香澄くんは、黙ったままで教えてはくれなかった。

「‥‥‥‥」

こうなってしまうと香澄くんは長い。

肩に香澄くんの重みを感じながらため息をひとつ。
私は香澄くんの気が済むまで膝の上で大人しくしていることを決めた。

吸血鬼のことも香澄くんのこともまだまだわからないことだらけ。
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