スノーフレークに憧れて

第12話

 アーケードの歩道に縦に並んで歩いた。

 どこに向かうのか、龍弥は路地から商店街に入るとデパートが立ち並ぶ方へ歩いて行く。足が早くて追いつけない。
小走りで着いていく。

 まだ、カーディガンの袖口で口元を覆っている菜穂。

 後ろに着いてくる菜穂をチラチラと気にしながら、黒ジーンズのポケットに手を入れて先へ進む龍弥。

 まだ、さっきの出来事を引きずって、呼吸が整っていない。

 横断歩道の前に着いた。歩道の信号が赤になっていた。ぞろぞろと人が集まる。

 1番前の黄色い点字ブロックの上に立った。

 龍弥は左隣でふぅーとため息をつく。

 菜穂は、龍弥の後ろに移動して、おもむろにシャツの裾をつかんだ。


 手は繋ぎたくない。

 そんな関係ではない。

 でも、周りには土曜日ということもあって、人がたくさん集まっている。どこに誰がいるかわからなくなる。


自分が迷子になるかもしれないと不安になった。

目で裾をつかんでいると気づいた龍弥は、そっとさらに何も言わずに左に避けた。

「わッ!」

 
 急に動いて、転びそうになった菜穂。びっくりした。掴んでた裾が外れた。

 クスッと笑う龍弥。

 青信号になってかっこうの音が鳴り響いた。
 
 龍弥は右に移動して、左手で菜穂の腕をつかんだと思ったら手をひっぱって小走りで横断歩道をわたる。



「素直に言えばいいだろ。」



なんで左側にいたのに、右に移動したのかは意味がわからなかったが、菜穂はドキッとして、何も言えずに前髪で目を隠した。

 横断歩道を終えると、繋いでた手をパッと離して両手をあげた。

 菜穂はものすごく残念な顔する。

 分かりやすかった。

「やっぱ、やーめた。セクハラで訴えられたら困るし。」

というと、菜穂の方に体を横に向けていた体を前に向いて、さっさと歩く。

 むーと機嫌わるそうな顔をする。

「誰も何も言ってないじゃない。」


「やーだよ。」


 手を離した瞬間、ものすごく嫌な顔をした菜穂の顔をかなりの至近距離でみる龍弥、表情や態度をみておもしろがっている。

 小走りでどんどん進んでいく龍弥を追いかける菜穂。

「…ねぇ、どこ行くの?」


「…別にぃ。あっち行きたいから歩いているだけだけど。」



「みんなのいるカラオケに戻らなくていいの?」



「あー、確かに下野さんから鬼電かかってきてるけど、めんどいからいいよ。あの人どんだけだよ。10件の不在着信って…。あの人も俺に頼りすぎなんだよなぁ。女子多いんだから、頑張ればいいのに、なんで彼女できないんだか。」

 スマホの方をポチポチいじりながら言う。


「あ。スマホ、持ってるじゃん。」


やっと追いついた菜穂は、龍弥がスマホを持っていることに驚いた。

「あ、やべ。……持ってないって、これはおもちゃ。あるでしょ、子どもがポチポチって押すおもちゃ。それだって、俺が、こっちが主体。」

 もう手遅れの小ボケを入れてくる。
 確かに子どもが遊ぶおもちゃにも時代に沿ってスマホのようなものが発売してるのはわかるけど、電話がかかってくるのは違うんじゃないかと苛立つ菜穂。バックから今更ながら、ガラケーを出す。

 龍弥はガラケーを出すと宮坂から着信が入ってることに気づく。


「え、あれ。宮坂さんから着信入っているし。なんでだろう。あ、おい、菜穂、スマホ見て宮坂さんから何もない?今さっきの着信なんだけど・・・。」


「え・・・。」


菜穂はポケットに入れていたスマホを取り出して、ラインをチェックしたら、宮坂からのメッセージが送られていた。

 その中にはあまり見たくないものを写り込んでいた。

 菜穂を隠しカメラで撮った写真が何枚か添付されていた。


『菜穂ちゃん、写真ありがとう。君のおかげで数日間は稼げるかも。大丈夫、モザイクは入れるし、名前は公表しないから。』

 身の毛もよだつ恐怖に襲われた。

 手からスマホを離して地面に落ちた。

 画面は割れずに済んだが、菜穂の心はズタボロだった。

 いつから撮っていたのかフットサルでいたときと今日のカラオケでいたものと、いつ撮られたかわからない写真と動画がたくさんあった。


 アーケードの隅の壁側にぺたんと座り込んだ。

 人が次々と行き交っていく。

 周りは誰も見向きもしない。

 龍弥は、近くでガラケーを見直した。着信の他にメールも届いていた。


『龍弥くん、惜しいところで止められたけど、充分堪能できたから。悪いね。』


 宮坂の裏の顔を見た龍弥は怒りを覚える。

 パタンとガラケーを閉じ、スマホとガラケーをバックにしまうと、すぐに菜穂のスマホを拾って、画面割れがないか確かめた。大丈夫そうだった。

 そっと菜穂の手元にスマホを置く。

 恐怖のあまりに両手で顔を隠す。

 震えがとまらない。

 菜穂の画像や動画で稼げると言っていた言葉に龍弥は亜香里の話を思い出す。

 YouTuberだということは本当だったのかもしれない。

 宮坂が、菜穂に長く絡んでいたのは、理由があった。

 写真やデータを保存して、YouTubeなどの SNSにあげることが目的だった。

 菜穂にとっては写真を撮られたことももちろんショックだったが、それ以上に恋愛対象として見られていなかったこと精神的なショックが大きかった。


 やっぱり自分には女の子として見られていた訳じゃなくて引っかかる人だったら誰でも良かったんだと自信を無くした。

 涙が止まらなかった。

 
 通路側に顔が見られないように、龍弥は気持ちがおさまるまで菜穂の前に立ち塞がった。

 ジロジロと見てくる人が何人かいたが、龍弥のガンとばしで誰も気にしなかった。

 あまりにも不審に思った人が警察に通報したのか、横断歩道の向こう側から、警察の人が歩いてきた。

「あー、やべぇな。やっぱ、こんな身なりしてると俺は通報されるのか…。」


「ねえ、ちょっと君。そこで何してるの?何、学生さん?どこの高校?」

 警察手帳を差し出して話し出す。

「いやぁ、今、この子が泣き止むまで着いてるだけなので、何も悪いことしてません。」


「え、君が泣かしたんじゃないの?」


 菜穂が上を見上げて、龍弥が職務質問されていることに気づいた。

「あ、あ・・・。ごめんなさい。私が悪いんです。ぐ、具合悪くなって、介抱してくれてただけですから。大丈夫ですから!!」

 警察の人に龍弥から離れるように誘導する。龍弥は警察でもなんでも怒りを止めれられなさそうと菜穂は判断した。


「そうですってよ。ちょっと、坂本さんでしたっけ。見た目だけで判断しないでもらえますか?俺、何もしてないですから。むしろ、助けてるんです。」



「そ、そうなんだね。なら、いいんだけど。んじゃ、気をつけて帰りなさいよ!子どもは門限あるんだから。ね!!」

 
 パトロール中の警察官 坂本は、菜穂の必死な対応に大丈夫だと判断し、そのまま、アーケードを歩いて行った。

 
ぐぅぅるるるる

 菜穂のお腹の音が響き渡った。立ち上がって、泣くのも落ち着いたのかふと安心したらしい。

 龍弥は口を塞いで、ぶーっと吹いた。笑いがとまらない。泣きそうになる。


 菜穂は、恥ずかしくなって、口を大きく膨らませた。ハコフグみたいな顔になった。


「どっか食い行く?」

 
「もち、おごりだよね。なら、行く。」

 
 ご機嫌になったのか、笑顔になった。


「げっ。まぁ、良いけどさ。バイト給料日後で良かったな。」


スキップをしながら、アーケードを歩き出す。犬のような、保護者になった気分で龍弥は菜穂の後ろをついていく。


「んで?どこで?」


「んじゃ、そこ行こ。『太陽の下で』オムライスうまいから。」


 外食することのほうが多い龍弥。
 オムライスは気に入っていて、バイト帰りに何度か通っていた。


 通りかかるところではないが、わざわざ来ても食べたくなる。

 黒板のメニューを見て、確認する菜穂。

「んじゃ、これがいい。ハヤシオムライス。」

「はいはい。ほら、お店、そこだから。あれ、そういや、宮坂さんのこと、もういいの?」


「……着信拒否とブロックしたから。」



「はや。いつの間に。」


「センターの登録も絶対かかってないようにウェブ着信拒否を設定しておいた。もう、何も怖くない。」


(泣きながら、ポチポチやってたのか。やることははやいな。)


 龍弥は何も返事せずにお店の入り口前の階段をのぼり、ドアを開ける。

 後ろに菜穂がいても気にせずドアを閉めた。


「普通、開けとくでしょう。」

 
 ブツブツ文句言いながら、自分で開けて中へ行く。


「いらっしゃいませ。何名さまでしょうか?」


「えっと、1人…。じゃなかった2人です。」


「2名さまですね。こちらにご案内します。」


 菜穂は慌てて、龍弥の後ろを着いていく。

 いつも1人でささっとお店に入る龍弥は2人で来るのは慣れなかった。


 奥の席の方で、花の写真が額縁に飾られていた。芝桜が一面に広がった写真だった。


「あ。芝桜だ。綺麗に咲いているなぁ、ここ。」


 席に着くと店員はメニューとお水、おしぼりを置いて去っていく。


「何、花好きなの?」


「まぁ、少しね。来月なったら、県北の方でバラフェアとかやっているんだよね。バラソフトクリームが食べたくて、毎年見にいくんだ。」


  メニューをパラパラとめくる。


「結局、花より食べ物じゃんか。」


「そんなことないよ。菜の花とか、ポピーとか、ひまわり、あと、チューリップとか、見にいくし。」


「知ってる。全部聞いた。」
 

「え?」


「菜穂のお父さんが、いつもフットサルの休憩のとき、菜穂と何回も見に行くんだって聞いた。家族で行くんでしょ、いろんなところの花を見に。俺も花は好きだけど、見に行くとか全然したことないから、菜穂のお父さんの話聞いてて面白かったからさ。覚えてた…って何食べるんだっけ。ハヤシオムライスでいいの?」


「え、うん。それでいいよ。」


 菜穂はそんなに父と龍弥が話してるなんて知らなかった。

 その話を初めて聞いて何だか親近感が湧いたが、なぜだか個人情報をバラされている気がして、父にイラ立ってきた。


「すいません。」

「お待たせしました。ご注文ですか?」

「えっと、このハヤシオムライスを2つお願いします。」

「はい。かしこまりました。それでは、メニューをお下げします。」

 店員はメニューをさげると厨房の方へ行った。


「お父さんが龍弥に話してたなんて、初めて聞いた。知らなかった。」


「だって、随分前のことだから。菜穂のお父さん、俺、中学3年の時から知ってるし。」


「え?!嘘。お父さん、そんな前からやってた? 私、てっきり今年に入ってからだと思った。」

 
 水をごくりと飲んだ。


「俺は、知ってたよ。菜穂のこと、お父さんからいろいろ聞いてたから。どんな顔してるかは高校入ってからだけどさ。名前の雪田って苗字お前しかいないし。同じクラスだったから…。」

 開いた口が塞がらない。


「……私だけ?知らなかったの。」


「…お父さんから聞いてなければ、そうなんじゃないの?まぁ、俺は本名で言ってなかったし、高校の名前も違うところ言ってたからな。俺のことを知る#術__すべ__#はないね。」


 普通にスマホを取り出して、アプリゲームをし始めた。おもちゃなんかじゃ全然ない。普通に操作してる。


「何だか、つまんない。」


「は?何が。」


「私のこと、お父さんベラベラ話してさ。あとでしごいてやろうっと。」

ブツブツとつぶやいていると、隣にお客さん2人が座り始めた。お腹を大きくした女性とその旦那さんだろうか。龍弥たちの後ろのブロックに座っていく。


「ちょっと、洸、私、こっちのソファが良いから、代わって。」

「え、どっちも一緒じゃん。」

「良いから。」

「はいはい。」

 #宮島 洸__みやじまこう__#は持っていたバックを移動させて、交換した。#森本美嘉__もりもとみか__#はよいしょとお腹をおさえながら言う。

「もう、臨月近いんだから、あまり動かない方いいんじゃないの?」

「だってさ、電車乗る時も進行方向とか気になるじゃん。」

「いや、ここ、電車じゃないし。しかもソファはどっちも一緒でしょ。」

「細かいことは気にしない。ハヤシオムライスお願い!」

「全然、細かくないけどさ。はいはい。注文すればいいのね。本当に人使い荒いんだから。すいません!」


洸は手を挙げて、店員を呼ぶ。

「このハヤシオムライスを2つお願いします。」

「はい。ハヤシオムライス2つですね。かしこまりました。」

 店員は伝票にメモすると、厨房の方へ行く。洸は、お店の周りを見渡した。


「懐かしいなぁ。本当、ここ久しぶりだよね。紬ちゃんとここ来たことあったかな。」

「え?!なんで、紬と?付き合ってたの?」

美嘉は青筋を立てる。

(やべ、失言だった。)
「いやいや、来てない。来てない。間違った。ほら、陸斗から話聞いてて。ここ美味しいよって。美嘉は食べたことあるんでしょ。」


「そう。何回も来てんの。ここ好きなんだ。」

美嘉はご満悦そうだった。


そうこうしているうちに、龍弥と菜穂にオムライスが運ばれてきた。


菜穂が小声で

「後ろの人夫婦で、妊婦さんだね。」

龍弥は急に冷たい態度で
「ああ。そうだな。」


「お待たせいたしました。ハヤシオムライスです。」

「わぁ。美味しそう。いただきます。」

 スプーンを持って早速、すくって頬張った。お腹がすごくなっていて、空腹だった菜穂は満足そうだった。

 龍弥は急に機嫌悪そうな雰囲気で、小さな声でいただきますと言い、少しずつ食べている。

 空気を読んだ菜穂は気になった。

「…ねぇ、どうかした??美味しくない?」


「え、あぁ。美味しいけど。」

 
 美味しそうな顔をしていない。


「…?」


「俺、子ども好きじゃないんだよね。妊婦さんとか、お母さんとかも。まぁ、そういう類の家族とか、あんま見たく無い。」



「な、なんで?」



「俺、本当の家族と一緒に生活したことないし…。悪い。ちょっとトイレ。」


 はたから見たら、とても幸せそうな家族を見ると、龍弥にとっては拒絶反応を示すようで、いたたまれなくなるようだ。

 ましてや、これから産まれようとする妊婦姿を見るだけで、憎悪が増す。


 龍弥は満足に食事ができず、トイレに行った。

 菜穂の前では本当の自分を出せていた。

 他の人がいるときは、どんなに嫌だと思っていても取り繕ってなんでもないよう自然にしていた。その態度もそろそろ限界に来ていたのかもしれない。


でも、菜穂の前で出す本当の自分を受け入れてくれるのかも不安に感じた。
 

 こんな自分は嫌いになって、また離れていくんじゃないかと想像をかきたてた。


 菜穂自身はまだ龍弥の本当の姿を見てないと感じた。

 わかってあげられてない自分を責め出した。


 菜穂は、持っていたスプーンを置いて、龍弥が戻って来るのを待っていた。






















 
 




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