スノーフレークに憧れて

第15話


真っ青な空間に
ただ1人膝を抱えて浮かんでいた。


ここはきっと、多分水の中。


プールのような海のような広い広い水の中に、龍弥は膝を抱えて浮かんでいる。


辺りは水というもの以外何もない。


遠くと見ると暗くて何も見えない。



両親が亡くなってから
ずっと心は独りで、
誰かが来ても
心奥深くまで寄り添う人は
いなかった。


表面上の付き合いで、
大きな壁を作って過ごしてきた。


今いる空間も水の中に取り残されて
1人で浮かんでいる。


龍弥の心とおなじなのかもしれない。


このままの調子で
どのくらい持つのだろう。


もう息ができない。



肺の中に水が入りそうになる。



もうだめだ。



上がらないと。




下を向けば、真っ暗な闇。


上を見上げると
太陽でキラキラと輝いている。



水面に手を伸ばした。




早く早く浮かんでいかないと
呼吸ができない。






景色が真っ白に変わった。


現実に引き戻された。


夢を見ていた。




ーーー



今,龍弥はお風呂場のシャワーを
頭からかぶっている。



数週間ぶりに頭を洗っていた。




 ベルガモットオレンジの香りがするシャンプーを手の中で伸ばして,頭につけてワシャワシャと泡立てて、洗った。



フックにかけたシャワーから
お湯がたっぷりと流れてくる。



こんなに頭がスッキリするとは
思わなかった。



耳のけがの手術の後から
毎日ガーゼと包帯交換して、
スプレーシャンプーで匂いを
ごまかしていた。



やっぱり洗わないと気持ち悪い。



今日、病院で点滴もしたが、
やっと抜糸と包帯が外れて安堵した。



明後日は学校がある。

包帯が取れた状態でどんな姿で行くか
2日前から悩んでいた。


もうすでに菜穂には
ほとんどの自分を知られているが、
クラスメイトや学校の全校生徒、
先生には全てをさらけ出していない。


半分見られているから
もうさらけ出してもいいんではないかと
開き直った。


どんな口調?どんな言葉?
どんな反応をすればいいのだろう。


今までの自分はどんな自分だったのか。

机の上にあった、安全ピンで唇の下に穴を開けて新しいピアスをつけた。


 血が出ても気にしないで舐めた。

 口内炎になるのが気になったが、
 もう気にしないことにした。

 これまでの心の傷と比べたら平気だった。痛みと友達になると決心した。

 ラブレットと言われる部位だった。



 手術して塞がってしまった耳にはもうピアスは付けられなくなった。

 皮膚が落ち着いてからまた穴を開けようと、代わりに唇の下に穴を開けた。


 耳よりも影になってるから目立たないだろうと感じていた。


 ピアスの穴を一つ開けるごとに違う自分になれるという迷信を聞いたことがある。


 
 龍弥はそれを信じていた。



****


 月曜日の朝、興奮してほとんど夜は眠れなかった代わりにスマホの目覚ましよりも先に体を起こすことができた。


 いつもはしないベッドメイキング。
 丁寧にやった。


 
 クローゼットから制服を取り出し、パジャマ代わりのTシャツと半ズボンを脱ぎ捨て、ワイシャツに袖を通して、丁寧に袖を折りたたんでまくった。
 

 鏡を見ながら、ネクタイをつけ、ズボンに履き替えた。
 

 腰あたりでボクサーパンツがはみ出したのを整えてファスナーをあげて、ベルトを閉めた。

 
 棚に置いていたピアス代わりの母の形見の指輪を一つ左耳につけて、もうひとつの父の形見の指輪は自分の右手人差し指にはめた。


 指輪として使うのは初めてだったが、父の伸哉と同じ指のサイズだったらしい。


 ピッタリハマった。


 マットタイプのワックスを手に塗りつけて、銀色の髪を丁寧に整えた。

 フットサルに行く以外でつけるのは初めてだった。

 むしろ、学校にはヘアネットと黒髪ロングのカツラをかぶっていたのが、違和感を感じた。


 ガラケーとスマホを教科書や筆箱が入るバックの中に入れ、2つ折り財布をズボンのポケットに入れた。


部屋のドアを開けて出ようとしたが、ワイヤレスイヤホンを充電していたのを思い出して、バックにつめた。

 階段をおりて、台所に行く。


「あ、こんな時間に起きてここにいるの珍しいぃ~。」


 いろはが、焼きたての食パンに頬張りながら言う。祖母の智美は、エプロンをして、だんだんと会話してくれるようになった龍弥に声をかけた。

「龍弥は、ご飯いるの?」


「……んじゃ、パンだけ。」


「分かった。すぐできるから、座ってて。」


「お兄、目玉焼きいらんの?朝ごはんの定番は目玉焼きとウィンナーでしょう!あとブロッコリーとか…。」


 いろはは、皿の中に入ってるおかずを指さしながら言う。


「俺はパンだけでいい。」



「あ、そう。おばあちゃん、今日のお弁当にチキンナゲット入れてくれた?私がリクエストしたやつ。」


「えー、ごめんね。いろは。今日はからあげ入れちゃったよ。だめだった?」


「うそ!?からあげ? やったー。それなら文句なーい。」



「おい。いろは、わがまま言うなよ。」



「わがままじゃないよ。食べたいの言ってるだけじゃん。」


「龍弥も食べたいの、言ってもいいんだよ。」


「俺はいい。なんでも。」



「遠慮しないで良いのに…。はい、焼き上がったから、ハチミツとかジャムつけて食べてね。」


 智美は食卓に焼きたての食パンと、ブルーベリージャム、ピーナッツバター、はちみつの3種類をスプーンと一緒に並べた。


「ごちそうさまぁ。このお弁当もらってていいの?」


「うん。そう。暑くなってきたから、冷凍庫から保冷剤取って持っててね。」

 いろはは、冷凍庫から可愛い模様の保冷剤を選んで、お弁当袋に入れた。

 ついでに龍弥の分のペンギン模様の保冷剤を龍弥の弁当袋に入れた。


「ほら、お兄の分もあるよ。持っていくんでしょう。」


「あ、ああ。そこに置いてて。」


 その一言を聞いて、智美は涙が出るほど嬉しかった。

 いつも朝食も食べずに学校に行き、お弁当も素直に持っていかなかった龍弥が素直に持っていくと言ってるのに感動した。


「おばあちゃん。何、泣いてるの?」


「ううん。ちょっと目にゴミ入っちゃったかな。」

エプロンで涙を拭った智美。その様子をパンを食べながら横目で見ていた龍弥は、少し照れていた。


「おー。珍しいな、龍弥もご飯食べてるの?」

「あ、おじいちゃん、おはよう。」


「おはよう。あれ、いろはは、もう食べ終わったの?」


「うん。今日は朝練習行くから。試合近いからね、弓道の。」


「え?!朝練習今まで行ってなかったの?サボっていた?」


「違うよ。自主練だから、参加するのは自由なの。っと言っても私は練習少なくても良い成績残せるけどねぇ。1本1本が上手なのよ。」


「けっ、よく言うよ。ただ、単に朝練したくないだけだろ?」


 龍弥が首を突っ込む。


「そんなことないですー。朝、早く起きられないだけですー。悪かったわね!」

 舌をべーと龍弥に向かって出す。

 龍弥は眼中に無しにパンにハチミツ塗って、モグモグ食べる。


「ほう…。そうなんだ。朝練頑張って。ちょ、それ取って。」


「はいはい。新聞ね。おじいさんは何食べるの?パン?ごはん?」

「俺は、ご飯に納豆。あとその目玉焼きのおかずでいいよ。今日は隣近所のメンバーでグランドゴルフするから力つけないと…。」


「へぇー、ゴルフすんの?」

パンを食べ終わった龍弥が話す。

「お?ゴルフ興味あるか?今度、龍弥も参加しにくるか。でもなぁ、俺の出る幕なくなるから、やっぱ来ないで。これでも、町内会ではモテモテだから、お前が来たらポジション奪われるわ。」


「え?!おじいさん。なんですって?モテモテ?誰に?」


「いや、なんでもないですぅ。いただきます。」


「プッ。」


 オレンジジュースを含んだ口から噴き出した。笑いが止まらなかった。ごまかすように咳払いする。


「私、そろそろ行くねー。行ってきます。」

 身支度を終えたいろははバックを持って、玄関を出る。

 それを追いかけるように龍弥はお弁当を持って玄関近くに置いたバックを肩にかけた。


「行ってきます。」


 小さい声だったが、台所の方にも聞こえた。


 智美と良太は、顔を見合わせて喜んだ。


「良かったですね。龍弥、話できるようになって。」


「そうだな。」


「なんだか、学校に仲良い友達ができたからじゃないかっていろはが言ってるんですよね。女の子だったりして…。」


「高校生なんだから、彼女の1人や2人いるだろう。俺も昔、いたからなぁ。」


「何言っているんですか!あなたは全然モテなかったじゃないですか。暗い顔して勉強ばかりして…。私が拾ってあげたようなもんですよ。」


「俺を犬のように言うんじゃないよ。」


「犬みたいなもんですよ。」


 夫婦の痴話ケンカが続いていた。




****


「ねぇ、ついてこないでよ。」

家を出てすぐの歩道を同じ方向に歩く龍弥といろは。


「俺だって同じ学校行くだろうが。」
 

「そりゃ、そうだけど。一緒に行くの恥ずいから。やめてよ。」


「良いだろ、別に。カツラもしてないし。お前がヤダって言う格好じゃないから平気じゃんか。ほら、メガネもないだろ!」

「急にイメチェンしましたって人と歩けるか!?私、先に行くからゆっくり歩いてよ!!」

 早歩きでささっといろはは先に進む。


「ちぇ…。仲良し兄妹みたいにアピールできると思ったのに…。」

 前と全然違うよアピールを学校のみんなに知らしめたかったらしい。

 そんな都合のようには周りは動いてくれないだろう。

 だが、校門近くを歩くようになるとざわざわと黄色い声と視線が痛かった。


「ねぇ、あの人、うちの学校いたかな?ちょっと、銀髪ってかっこよくない?完全に校則違反してるけど。」


「あ、確かに。いなかったよね。急に変わった感じかな。ピアスもめっちゃ開けてるし。あんな人いたら、すぐ気づくよね。」


「おう、龍弥。今日は完全にその格好なんだな。カツラはしないの?」

 クラスメイトの石田紘也が龍弥に声をかけた。


「あぁ。しないよ。」


「お前さぁ、本当は俺と同じだったんだな。知らなかったよ。」


「俺はお前と一緒になった覚えはないけどな。」


「そんな釣れないこというなや。髪染めてるし、ピアスもバリバリ開けてんじゃねぇか。まあまぁ、仲良くしようぜ。クラスメイトなんだからさ。」


 肩を組まれた。龍弥の方が少し背が高いのに無理に合わせようと石田はする。


「あ!龍弥くん。おはよう!今日は、包帯外してきたんだね。大丈夫だった??」


 山口まゆみが、後ろから声をかけた。髪色が銀色だと分かってすぐに駆けつけた。

「ああ。まぁ…。」

 愛想は振りまかないスタイルで学校は過ごそうと決めていた。


さらに後ろから菜穂がトボトボと、龍弥がいても何も声もかけず、スルーするように歩いていく。

「あ…。」

「何、どうしたん?」

 石田は、龍弥の様子に敏感に反応する。


「別に、何でもない。」


「あ、菜穂~。おはよう。今日、体育、ハードルだってよ。私、苦手なんだけどぉ。」


「おはよう。そうなんだ。私もハードルは好きじゃないかな。」

 まゆみは龍弥から離れて、菜穂に声をかけた。


 どこか元気がなさそうな菜穂だった。


 その様子を斜め後ろから見ていた龍弥は何とも言えずに通り過ぎる。

 学校では友達ではなかったし、急に話し始めたら、周りにも影響するだろうと何もアクションは起こさなかった。


 横目ではしっかり菜穂が何をしているのかは確認だけはしていた。


 菜穂自身は、龍弥のことを考えないようにしていた。



 まゆみに龍弥のことを狙っていると聞いたときはこれは何も動かない方がいいだろうと決めていたからだ。



 親友じゃないと分かってはいたけれど、それ以上まゆみとの仲にひびが入るのを恐れていた。




 
















 






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