スノーフレークに憧れて

第17話

放課後、菜穂は昇降口入り口で土砂降りの1人雨を眺めていた。

小雨になるのを待っていた。

台風が近づいている日本列島に待ったはなかった。

今日は雨風が強そうだった。


高校近くのコンビニで傘を買おうかなとそれまでは両手でカバーして進もうと決心した。


 折りたたみ傘をバックに入れておけば良かったと後悔した。


10歩進むと、自分のところだけ雨降ってないのか。足元が濡れていない。ふと上を見上げると、後ろから大きな傘で覆われた。龍弥だった。


「あ…。」



「使いなよ。俺,走って帰るから。」



「いい。コンビニで傘買うから。」



「強がるなって。ほら。」


左手にしっかりと傘を握らされた。


「良いって言ってるから。」


菜穂は思いがけず、怒りを見せて傘を投げつけた。


 ヒステリックに怒る人にみたいになってしまった。


「あ、そう。」


 龍弥は飛ばされた傘を拾って何もなかったように1人傘をさして校門の方に歩いて行く。


 違う。本当は泣くほど嬉しかったのに、素直になれない自分にイライラが募る。

体裁を気にして? 
まゆみのことを考えて? 
それとも今更声をかけられて
寂しかった?

自分で自分がわからない。



コンビニのことなんて考えるのを忘れて傘をささぬまま、校門までびしょ濡れで歩いた。


「雪田さん、そんなにびしょ濡れになったら、風邪引くよ?」

息を荒くして、昇降口から走って来たのは木村悠仁だった。


「あ、ありがとう。」



「俺,置き傘もう1本あるから使って。ごめん、生徒会あるからもう行くね。」



 来た道を戻って行く悠仁。
 わざわざ自分のために傘を持って声をかけてくれた。単純に嬉しかった。


 悠仁の優しさにどっぷりハマってしまった。


龍弥は数メートル進んだ場所から悠仁と菜穂を様子を見つめていた。



(俺じゃなければ誰でも良いのかよ…。
ちぇ…。)


 傘を渡したのに、受け取ってくれなかったことにガッカリした。


 そう言いながらも、学校で親しくしたところを周りに見られるのも困るなと考えていた。それでも胸のあたりがざわついた。



 菜穂は龍弥のことなんて考えておらず、悠仁のことを考えていた。



 縁もあって、ノート運びを一緒にやって、少しずつ距離が縮まるのを感じた。



 男性ものの大きな紺色の傘を歩きながら見つめる。


 傘を持ってまゆみが菜穂の前を通り過ぎていた。大きな傘で誰かわからなかったようだ。

 遠くにいる龍弥を,追いかけている。

「龍弥くん,待って~。」



「……。」

まゆみが来てるのを見て立ち止まる。


「私も天気予報見て、傘持って来てたんだ。龍弥くんも?」


「えっと、ずっと学校に置いてた傘忘れてて、やっと持って帰れるって感じかな。」

そう言っている間になぜかまゆみはなんでもないところに転んでいた。傘をさしているのに、真っ平で龍弥と一緒に帰れることにテンションが上がったらしく、びしょ濡れになっている。

 半袖の白いワイシャツも濡れている。スカートも絞れるくらい濡れてしまっていた。

 龍弥は吹っ飛んだまゆみの傘を取りに行って、頭の上にさしてあげた。

 左手には自分の傘と右手にはまゆみの傘で塞がった。


「大丈夫か?」

 男子には見てはいけないものが透けて見えて、後ろを向いて、見ないように努力した。

「転んじゃったよぉ。マジで痛いんだけど、わぁーん。」


 子どものように泣きじゃくっている。


「うん。傘持っているから起きなよ。」

 傘を差し出して、見ないようにしているため、手を貸すこともできない。


「龍弥くん、一緒の傘に入ってもいい?だってさ、私の服見られちゃうじゃん。隠してほしいの。」


「……あぁ!それで良いから、早く立ちなよ。」


 若干、キレ気味の龍弥は、まゆみの傘を閉じて、丁寧に巻き取って、マジックテープをしっかりとつけて手渡し、自分の大きな傘を持ち直して、まゆみの頭の上と自分の頭にかぶさるように傘をさした。

「わあーい。ありがとう。」

 自分の傘を持って、龍弥の隣に密着するまゆみ。


 左肩にかけたバックからハンカチを取り出して、濡れた顔や手足を拭いた。


 冷静に対応しているまゆみを見て、少し違和感を感じる龍弥。


「ウチまで、送ってくれるかな?」



「どっち方面なの?」



「えっと、ここまっすぐ歩いて15分くらいにあるから。良いよね?龍弥くんはどっち?」



「まっすぐ行って、2つ目の角で左曲がる。」
 

「なんだ、同じ方向じゃん。龍弥くんの方が近いんだね。ごめん、遠くなっちゃうけど良いかな?」


 まゆみは上目使いで言ってくる。
 白いワイシャツから透けて見えるレースが見えた龍弥はさっと視線を外して、見ないように努力した。



「…わかったよ。」



 あまり、行きたくなかったが、なんとなく、そのまま帰らせるのは防犯上、危険なような気がして、仕方なく、一緒にウチまで送って行くことにした。

 ボランティア精神がここで働くなんてと思ってしまう。好きでもないのに。


 さりげなく、車道側を歩くようにした。その行動にふとまゆみは嬉しかった。


 学校であった体育の授業でハードルが飛べなかったことや、テストの解答が合っていたのに書く場所を間違えて、赤点を取ってしまった話を歩いている途中でまゆみは話した。

 沈黙が苦手だったまゆみは話題を出すのに必死だった。

 
 龍弥は、学校の人と話すのは最近で、キャラも定まっていない。聞き役に徹していた。

 
 普段の龍弥はこれでもかと話す方だった。



「あ、ここなんだ。ありがとう。傘あったのに転んじゃって、しかも送ってもらってごめんなさい。」


 玄関先の屋根のあるところでお辞儀をした。


「いや、別に良いけど。」

 
 雨足が強くなっている。


「上がっていく?お茶でも飲む?今日、みんな帰ってくるの遅いから、気にしないで入りなよ。」

 返答を待たずして、龍弥の腕を引っ張った。

「え、俺は大丈夫だって…。」


 
「いいから、いいから。送ってもらったお礼したいから。」


 ほぼ強引に中の方へ連れて行かれる龍弥。

 仕方なしに傘を閉じて、丁寧に巻き上げた。


 玄関の中にあった傘立てにそっと立てかけた。

 
 嬉しすぎたまゆみは玄関の段差でまた転びそうになり、咄嗟に龍弥は腕で支える。

 ギリギリのところで倒れなかった。


「ちょっと、慌てすぎでしょう。落ち着けって。」


「ご、ごめん…。」



 顔を上げようとすると、急接近した2人は、龍弥は無表情で何とも感じなかったが、まゆみは終始ドキドキが止まらなかった。


 思わず、龍弥のワイシャツの首元を引っ張って、まゆみからキスをした。



 目を思いっきり開けたまま龍弥はびっくりして、まゆみの胸あたりをどんと押して突き放した。


「ちょっと…。何すんだよ。」


「ちょっとはこっちのセリフよ。今、胸触った!!」


「先にキスしたのはそっちだろ。急にするのはやめろって。触ってないし!押しただけだし。」



「急じゃなければいいの?」



「え…。」



 マジマジと龍弥の顔を見るまゆみ。
 何だか止められない雰囲気。
 後ろの壁に手をついて
 自然と後退りする。


「お邪魔しました~!!!」


 傘立てに置いていた自分の傘を慌てて、取り出し、玄関の扉を開けて、逃げ出した。


 メスの豹のようにまゆみはガツガツ行くようで、耐えきれなくなった。


 見た目はこんな身なりをしている龍弥は、女子と手を繋ぐ以上のことをしたことが無かった。


 人には恋愛に対してお節介をやくが、自分のことは後回しだった。

 
 自分の傘を広げて、家路を急ぐ。

 下唇を噛んで、イラ立ちを抑えようとする。


 雨はずっと止むことはなかった。


 水たまりが小さな川になるくらいに降り続いている。



 家に着いて、すぐにスポーツウエアに着替えた。
 今日はいつも行くフットサルをする日
だった。もう、これは体を動かして、ストレス発散するしかないと考えた。

 雨が降っていても、防水ブーツとライダージャケットを羽織って、ヘルメットをかぶる。滑るマンホールには気をつけてそうこうしなければと、車庫に置いていたバイクのエンジンをかけた。

 

 フットサル場に着くと、大雨が降っているためか、まだ誰も来ていなかった。 


 1人で、リフティングでもしてようとコートに出てボールを蹴って練習していた。


ふとベンチに目をやると菜穂が1人でスマホをいじり、ぼんやりしていた。


てっきり誰もいなかったと思ったのに、いたため、龍弥はリフティングしていたのをやめて、こちらに気づかない菜穂の後ろに回った。


 背後にいても気配を感じないのかずっとスマホの画面と睨めっこしていた。


 気づかないのに腹が立った龍弥は左手で右手をつかみそのまま後ろから菜穂の首に手を回した。


「何見てんのー?」


 それでも無反応の菜穂にこんなに近いのになぜ気づかないと疑問を浮かべる。

 数秒経ってから。


「うわぁ!? てかそんな仲良くないから!」


 反応が鈍い。
 突然立ち上がって跳ね除ける。


「おそ。てか、1人で何してんだよ。お父さんは?一緒に来たんじゃないの?」


 膝でボールを蹴り上げてリフティングした始めた。膝で蹴ったかと思うとすぐに後ろで左足でさらに高く蹴った。


「おばあちゃんが倒れたって言うから、病院行ってる。私だけここに残されただけ。」


「ふーん。一緒に行ってもいいじゃんね。」


「ここに来たかったから良いの。」


「そう。そんなに俺に会いたかったって?」

 冗談で言ってみると、顔を真っ赤にさせてそっぽを見せた。


「違うし!!!」


「本気にすんなって。冗談だから。あ、やば。下野さんに連絡するの忘れてた。ちょ、待って、見つからない。な、菜穂、電話してよ。俺のスマホ見つからないから。番号は080******
だからかけて。」

 ポケットを探したが、持ってきたバックもないようで、どこにスマホあるのかわからなくなった。

 菜穂に電話をかけさした。

「え、ちょっと待って。080****だよね。今かけてるから。」

 すると、目の前でスマホのバイブが鳴り続ける。ズボンのポケットでも後ろポケットを見るのを忘れてたっていう体で嘘ついた。

初めからスマホの場所くらいわかっていたが、わからないふりして着信履歴を残したかった。


「それ、俺の番号だから。なんかあったら連絡してもいいよ。ラインも知りたい?」


「目の前にあるじゃん。気づくの遅いし。ライン?別に用事ないよ。」


「ちょっと貸して。」


 無理やり菜穂のスマホを取り、ラインの画面の友達追加に自分のIDを入力して、登録した。


「はい。OK。これでいいね。宮坂さんいつやらかすかわからないからな。」



 パッと菜穂の手の中にスマホを戻して、またリフティングの練習を始めた。


「私、別に連絡しないからね。用事ないし!!」


「別にいいよ。俺から連絡すればいいんでしょう。言っとくけど、スマホの番号教えるの珍しいんだからな。しかもラインなんてよっぽどじゃないと俺は交換しないから。」



「あ、もしもし、下野さん。今日来れますか?ぜんぜん人数集まらないんですけど。」

『え?!龍弥くん、先週の出来事は忘れてない?俺は怒ってるんだよ。』


「既読スルーと着信スルーしたことですか?」

『そうだよ。てか、なんで出てくれなかったわけ。あの後、俺だけで女子大生3人相手してたんだからね。』

「ふー。モテモテじゃないっすか。その中の1人でも彼女できたんですか?」


『そうだね。3人とも俺の彼女だから…。んな訳あるかい?!振り回されて終わりだよ。1人だけ見込みある子はいたけどまだ彼女ではないけどさ。』


「よかったじゃないですか。彼女欲しがってたんですもん。そのまま付き合っちゃえばいいのに、瑞紀ちゃんと。」

『どうしてそれを・・・。』


「大体見てればわかりますって。俺を甘く見ないでくださいよ。それより、今日はどうするんですか?来るの?来ないの?」

『…はいはい。今から行きますよ。』


 下野をブツブツ言いながら、重い腰を上げて、こちらに来るらしい。

電話を終えて、次は滝田に電話をした。

「もしもし、滝田?起きてる?今日来れない?」


『え、龍弥さん。久しぶりですね。全然来てなかったですよね。もう、俺もやりたかったのに龍弥さん来ないからつまらなかったっすよ。今から行っても間に合いますか?』

「悪い悪い。怪我しててさ。休んでたの。今日は大丈夫だから、下野さんも来るし、あれ、他のメンバーも今ゾロゾロ来たみたいだから早く来いよ~。」

 龍弥が電話をしてる間に入り口付近から5人くらいの初めてであろうメンバーがぞろぞろ入ってきた。

 菜穂は、スマホの画面を見て、すこし微笑んでいた。まさか、電話番号とラインの交換すると思っていなくて、不意打ちで嬉しかった。

 学校では一切話さないのに、ここでは全然違う対応にちょっと癖になりそうだった。


 電話を終えた龍弥が菜穂のほっぺたを両手でつねってみた龍弥。

「何、笑ってるんだよ!」



「笑ってないし。スマホ見てただけだし。」



「さっきからスマホばっか見て近眼になるぞ。電子漫画?」



「良いでしょう。放っておいてよ。」


「お前のほっぺた、餅みたいだな……。あ、下野さん!早いっすね。」


 お餅のようにぐぃーんと伸ばしてみた。軽いいじりをやめてこちらに向かって来ている下野に声をかけた。
 

 電話をしていた時にはフットサル会場の駐車場だったらしい。


 すでに到着していたところだったみたいだ。


「何、じゃれあってるの?てか、本当に君ら付き合ってないの?パーソナルスペース近すぎない?」

荷物をベンチに置く下野。


「付き合ってませんよ。俺、同い年には興味ないんで、交際するなら年上ですから!」

 にやっと笑って、思ってもないこという龍弥。菜穂も同意するように何度も頷く。

「私も、こんな感じの人、全然、興味ないんで。眼中にないんです。ぜひ、下野さん、紹介してくださいよ。年上大歓迎です。」

「2人して、何で、そんな白々しいの?気が合うんじゃないの?この間だって、2人でいなくなったじゃん。」


「え?下野さん知らないっすか?菜穂、この間のカラオケでは、宮坂さんと一緒だったんすよ。」


「え?そうだっけ。ごめん、忘れちゃった。でも、結局、2人でいたんでしょ??」


「あ、まぁ、いろいろ諸事情がありまして、そんな感じですけど、付き合うって感じじゃないですし。勘違いですって。」


「ま、なんだって良いんだけど。俺は、もう、あの3人の面倒はごめんだよ。いじめられるから。瑞紀ちゃんは優しかったけど。あれ、今日は来てない感じだね。雨降っているから集まりよくないね。」


「そうなんですよ。本当、龍弥しかいなくて困ってました。」


「菜穂、それ、どういう意味?」

 
 龍弥は菜穂の発言が納得できなかった。


「そのままだし。下野さん、早くやりましょう。あっちにいるメンバーと話してこないと何も始まらないですよ。」

「わかりました。ほら、龍弥くんも。文句言ってないでやるよ?」


「別に文句言ってないっすよ。」


 3人は、コート近くに集まった今日のフットサルメンバーと合流して、試合を開始させた。

 人数は少なくとも、試合ができるほどのギリギリの数だった。

 龍弥も菜穂も久しぶりに汗を流して、相変わらず喧嘩しながらボールを蹴りあった。


 パス回しは結構、うまくできている方だった。

 馬が合うとはこのことかと感じる。


 数分後、遅れて、滝田も参加した。


10分の試合を終えて、休憩時間。
 

 龍弥は、ベンチで休んでいる菜穂に
 後ろから缶ジュースを2つ菜穂の頬にくっつけた。



「冷たっ!」



雨が降っていたため、湿度が高く 汗をかきやすかった。

 
ちょうど良い冷たさではあったが、頬は冷たくなった。



「飲む?アロエはお肌に良いのよ。」



 頭にタオルをかぶせた龍弥がアロエジュースの缶を2つ見せつけてくる。


「う、うん。」


「あら、やけに素直?」


 おばさんのような口調で話す龍弥。


 缶のプルタブをあげて静かに飲む。


 微妙な距離を保って座る2人。


「あのさ、この間の、病院。悪かったな。長い時間拘束させて…。」


 学校で本当は言いたかったことをやっと言えた龍弥。すっきりした。菜穂はきっとお礼をいいたかったんだろうと読み取ってそのお礼がその飲み物だと解釈した。


「どういたしまして。」


 滅多にアロエジュースを選ぶことのない菜穂はなぜか美味しく味わった。 買ってくれた人のおかげなのか、一緒に飲んでいるという状況だからかはわからない。


 きっとこんなふうに話せるのはこの空間だけなんだろうなと時間が短く感じた。もっと長ければいいのにと。 



 龍弥はベンチの上であぐらをかいて、アロエジュースを飲んで、満足そうに笑った。
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