スノーフレークに憧れて

第30話

7月某日 
海の日を終えて、
夏休みまで後少し
というところになった頃。


 梅雨明けをして気温は猛暑日というところまで上昇した。


 これが体温ならば高熱で会社や学校を休まないと行けないくらいの暑さで新記録を出した地域もある。



 噴水の近くに近寄って着ている服をびしょ濡れにするという子どもたちがテレビの情報番組で放送されると涼しそうと感じてしまう。



 菜穂はいつもよりテンション低めに躊躇しながら教室に足を踏み入れた。



土曜日の夜から
ずっと満足に眠れていない。


 目の下にクマを作って、使ったことのないコンシーラーを薬局で買って今朝つけてきた。


 今の流行りは涙袋をキラキラさせる方がいいのに通常の肌見せをすることに特化して、全然流行りに乗っかれない。



 メイクも覚えられなければ、人間関係もろくに築きあげられない。


 こんなんで大人になれるのかなと頬杖をつく。



 龍弥が隣にいることを知っていたが、素知らぬふりをして黙って座った。



入学式を思い出して、周りはすべて知らない人。


 幼稚園のお遊戯会の舞台に上がったときにお客さんは野菜のカボチャだと思えの考えを思い出した。


 そうすれば、悩んでいたことは解決すると思っていた。



 今朝は昨日担任の先生がホームルームに小テストをすると予告していたため、机に消しゴムとシャープペンを出し、替芯を入れようとしたら、消しゴムが落ちたことに気づかなかった。



 ふと、龍弥が自分の足元に落ちた消しゴムを拾い上げて、菜穂の机の端っこに静かに置いた。


 ハッとして、間近で顔を見られた。


 忘れようとしていたことが全部思い出されて、頭はショートした。

 
 線香花火をした3日前。


 「俺はやめておけ。」
って言う言葉が頭の中に浮かび上がる。


 1人で舞い上がって、勘違いして、自惚れてただけなんだ。


 友達と恋人の境界線を引こうとした自分にいら立ちさえ覚えた。



何も言わなければ
前と同じ関わり方をできたかも
しれないのに。



 一瞬、目があって、すぐに逸らし、
 龍弥は何も言わずに
 小テストの予習をしていた。


 出るであろう範囲を見直す。

 予習なんてしなくても普通にわかるくせに白々しい態度を取る。

 もう、菜穂のことは
 眼中にないアピールしたかった。

 本当は気になるくせに無理をしている


 教室に入ってきた時から
 菜穂が来てたと
 横目でチラッと見ていた。



 何だか普通に話せない。



 モヤモヤした気持ちを晴らすために、龍弥は話しかけようとする菜穂を無視して、石田紘也の席の前の席を借りて後ろ向きにまたがった。


「あのさ、その爪って自分でしたの?」


 いつも声をかけないのに
 急に声をかけた。

 チラリと見えた石田の両手の青色の爪が気になった。


「おう。龍弥、なした?急に。
 あ、これ?うちの姉ちゃんが
 ネイリストだからさ、
 練習台に爪貸してって言われて、
 やってもらったのよ。
 良いっしょ?かっこいいべ。」

 両手を広げてマジシャンのように見せつけた。

「ああ。俺もしてみようかな…。」

 興味なさそうな態度を突然キャラを変えて、ガツガツ食いついた。


「えーー、男子がネイルすんの?」



 まゆみがたまたま女子たちと話をしてる横から声をかけた。



「今じゃ、メンズもメイクする時代よ。エステとかあるじゃん。汚い肌してるより綺麗な肌の方がいいのと一緒で爪も綺麗な方いいじゃんよ!マジシャンだって爪磨いてるんだよ。」



「綺麗好きなのいいけどさー、
 それ 彼女になる人は
 プレッシャーだよね。
 それ以上に
 メイクを頑張らないとってなるよ。」



「そんなことないじゃん。
 メイクするしないは
 個人の自由でしょう?
 メイクだけで人を判断すんなよ。」


 龍弥はもっともらしいことを言うが、現実には違うみたいだ。

 小声でまゆみが龍弥の耳元で言う。


「菜穂、それしたら、めっちゃ気にすると思うよ。メイクとかコンプレックス持ってるって言ってたから。」


「あ、そう。俺には全然関係ないし。あいつは、木村と付き合ってんでしょ?」



「え?菜穂がそう言ったの?」



「…知らねえ。」


 本当は付き合ってないって本人から聞いていたのに口から出まかせを言った。


「龍弥くん、そうやって人のこと大きく広げるのやめた方がいいよ。傷つけるなって言っておいて、龍弥くんの方が菜穂、1番傷つけてるじゃん。」


「うっせーよ。」


 しーんと教室は静まりかえった。

 ちょうどその時、
 木村が教室に入ってきた。


「おはよう。みんなどうかした?何か微妙な空気なんだけど。」



「おはよう。木村くん。別に何もないよ。そういや、夏休み明けの文化祭の委員会って誰がやるかっていつ決めるの?」



「あー、その件ね。そういや、まだ決めてなかったよね。今日の帰りのホームルームで決めようかな。ありがとう、山口さん。もしかして、文化祭委員会に立候補かな?」



「んー、そうだね。考えておくよ。」

 
 木村は席に着いて、筆記用具の準備をする。

 ハッと思い出して、席を立ち、菜穂の前に木村は立った。

「おはよう。菜穂ちゃん。」

「あ、おはよう。」
(あれ、名前で呼ばれたことなかったのに…。)

「学級委員のことなんだけどさ。齋藤さんが、体調崩してて、しばらく、学校来られないみたいなんだ。申し訳ないんだけど、齋藤さんの代わりに菜穂ちゃん引き受けてくれないかな?」


「あー、そうなんだ。齋藤さん、心配だよね。そうだね、私でよければ、手伝うよ。」

「ありがとう。助かるよ。俺、生徒会も担ってるから1人で大変で…。菜穂ちゃんが一緒なら心強いよ。学級委員って言ってもそこまで大仕事は無いと思うから、安心してって言ってたけど、早速、文化祭実行委員のメンバーを今日の帰りのホームルームで決めるから良いかな?」


「う、うん。大丈夫。」


 菜穂はずっと木村の前で作り笑いしていた。

 龍弥と話をする時と全然違う。

 怒ったり、泣いたりしてない。

 その表情は、龍弥からは菜穂はずっと笑っていて居心地いいんだろうなと勘違いされていた。


 菜穂にとっては建前の表情で本音ではない。

 本当は、学級委員の仕事なんてやりたくなかった。表に出て、目立つことはしたくなかった。

 断れなかった。

 木村を傷つけてしまうのではないかという方が勝った。

 気を遣って対応しているのを、
 龍弥には知り得なかった。


 授業中、なるべく菜穂を見ないようにシャープペンをくるくる回しながら、ぼんやりと窓の外を見ていた。

 雲がだんだんキノコや、わたあめ、ひつじに見えてくるなと想像していた。

 日本史の話は長くて、先生の声が子守唄に聞こえてくる。

 黒板に書く、年表ごとの偉人のまとめも字数が多すぎた。

 よそ見している間にノートの2ページ目に差し掛かっていた。

 焦って、板書をする。


 日本史の教科担当の佐々木先生は、チョークをおいて、バンと黒板を軽く叩く。

「これ、ちゃんとノートに取るんだぞ。今日、書いたノート集めるから、学級委員、授業終わりに職員室持ってきて。」


「はい。わかりました。」

 1番前の席に座る木村は手を挙げて承知した。

 チャイムが鳴る。

 ガヤガヤと木村の席には、男子が、菜穂の席には女子たちがノートを渡していた。


 廊下から、3年の生徒会長が木村に用事あるらしく、やってきた。

「南條先輩!」

 木村は慌てて、廊下に行く。


「今日の放課後、会議するんだけど、あの資料って準備できてるかなと思って、確認に来た。」


「あの資料って、今度の文化祭のアンケートについてですか?」

「そうそう。どう?」

「すいません、大体はできたんですけど、無くすといけないので、USBのデータを大友先生に渡してたんですが、南條先輩に確認してからと思ってました。」

 木村はバックに入れておいたA4クリアファイルを取りに席に戻る。

 机の上を見て、職員室に日本史のノートを持っていかなきゃいけないのを思い出した。

「木村くん、ついでだから、私、全部ノート持っていくよ。生徒会のこと、先輩と話すんでしょう。」

 気がついた菜穂が前の方に来て、木村に声を掛けた。

「あぁ、ごめんね、菜穂ちゃん。頼んでいい?」

 顔の前で手を合わせて謝っている。


「うん。大丈夫。気にしないで。」

 菜穂は木村の席にあったノート15冊を運んで、自分の席にある女子の分のノートに重ねた。

 全部で40冊くらいだ。
 
 想像していたより結構、重かった。


 横でじっと見ていた龍弥は、1人では無理だろうと、上の方のノートを数十冊ごっそりと何も言わずに持って行った。


「…ちょっと…勝手に持っていかないでよ。」

 さっさっと行ってしまう龍弥を止めようとしたが、足が早く追いつかなかった。


 その様子をまゆみは見ていた。

「ねぇ、あの2人って結局どんな関係なんだろうね。」


 クラスメイトの女子、#日野みくり__ひのみくり__#にまゆみは声をかける。


「さっき、木村くんと菜穂ちゃん付き合ってるって言ってたけど、違うんでしょう。だって、明らかに菜穂ちゃんと龍弥くんの方が合ってると思うけどね。2人とも言いたいこと言ってるじゃんね。うらやましいよ、喧嘩できるくらいの仲。普通は躊躇するもんね。」


「そうだよね。本当、そう思う。本人たちが1番そのことに気づいてないのかなぁ。」


 まゆみは頬杖をつく。



 階段をかけおりて、結局そのまま職員室にノートを運んでいく。


「失礼します。」

 龍弥は先々と職員室の佐々木先生の机の上に乗せた。佐々木先生は席には座っていなかった。


「し、失礼します。」
 
 遅れて、菜穂も同じ机の場所に持っていった。急いで来て、息があがっていた。

「失礼しました。」

と職員室を出ようとした。



「あ、白狼。あのこと、考えてくれた?」

「え、何でしたっけ。」

 サッカー部顧問の熊谷先生は龍弥に声をかけた。職員室に入ると1番近いのは熊谷先生の席だった。


「サッカー部だよ。入ってくれないかなと思ってさ。ちょうど、活躍してる木村悠仁いるだろ?あいつも毎回部活に参加できるわけじゃなくてさ、生徒会もやってて二足のわらじで、いないときは力が足りないのよ。お噂のお強い白狼くんが入ってもらえると部活もやる気がみなぎるんだよなぁ。」

「……前にも言いましたけど、俺は。」


「入ればいいじゃん。」

 菜穂が横から首を出す。

「先生、この人、サッカーは素質あると思いますよ。こんな身なりしてるけど、リーダーシップとって仕切るし、パスまわしとかもいろいろ周り考えてできるので…。」

「…って、なんで、雪田がそんなこと知ってるんだよ。そんなに白狼のことリスペクトしてるの?」

「あ、あぁ。いやぁ、そのー、たまたま、噂で知ってて。」


「勝手に言うな。」


 龍弥は、菜穂の体の前に腕を伸ばして、喋りすぎを止めた。



「…あ、ごめん。」



 菜穂は、しゅんとなって、後退りした。


「何、お前ら、付き合ってんの?」




「いや、もう、放っておいてください。俺、サッカー部入りませんから。」


 
 熊谷先生を睨みつけて、職員室のドアを勢いよく閉めた。



「おい!静かに閉めろ!!」



「すいませんでした!!!」



 ブチ切れながらも職員室を背に教室に向かった。


「なぁ、菜穂、勝手に言うなよ!

 俺はサッカー部なんて入る気は

 ないんだから。」



 さすがの龍弥も貝の口で
 話していなかったが、
 今の話には納得できなかったようで
 話し始めた。


 いつものトーンの喋りじゃない
 本気で怒っている。


「……ごめんってば。」


「もう、この話絶対言うなよ! 

 いいな。」



「わかったよ!!」


 菜穂は良かれと思って、
 せっかく褒めたのにがっかりした。



「そんなに怒らなくても
 いいじゃない。」


 渡り廊下を数メートル先に進む
 龍弥は、立ち止まって、振り向かずに


「…サッカー部行ったら、
菜穂とフットサルできねえからだよ。」



「……え?私のせいで部活しないの?
 それが理由ならもう行かないよ?」



「やだ。」


菜穂は、
龍弥の前に立ち塞がった。


腕をつかんで説得する。


「ねえ、本当は
 サッカーしたいんでしょ!?  
 放課後、
 試合見てやりたそうな顔して
 見てたの、知ってんだから!!」




 龍弥は、校舎を出てすぐのサッカーコートを見下ろせる階段の1番上でサッカーの試合を見ていた時があった。


 菜穂は残って
 何やってるんだろうと気にしてた。


 まだ、龍弥が黒いカツラとメガネを
 つけてた時だった。




「……俺はヤダ。」




「小さい子どもみたいに駄々をこねないで。龍弥こそ、自分に素直になりなよ。人のことばかり指示してさ。」




思いっきりため息をついてから


「菜穂が好きだからに
 決まってるだろ!!」


 
 告白なのになぜか怒りも
 含まれている。



 吐き捨てるとイライラしながら
 教室まで早歩きで立ち去って行った。




 菜穂は言われた言葉が
 信じられなかった。



「今、なんて言った?」



 校舎同士を繋ぐ渡り廊下の船の窓のような隙間から風が吹き荒ぶ。

 
 髪が大きくなびいた。



 菜穂は頭をかきあげて、
 誰もいない階段に続く廊下を
 見つめた。

 次の授業が始まるチャイムが鳴った。





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