スノーフレークに憧れて

第44話


 辺りは真っ暗になり、
 露店の眩しい明かりを頼りに
 会場をウロウロしていた。


 かなりのお客さんの数でお店も
 行列ができていた。


 あと数分で
 花火が始まろうとしようと
 すると、進めていた龍弥の足が
 急に止まった。


 ドンと背中に顔が当たった菜穂。


「龍弥、どうかした?」


 菜穂が当たるのも気づかずに、
 ぼーっと露店に並ぶ人混みの中の
 1人の女性に目が釘付けだった。


 菜穂は必死でこっちに振り向くよう
 顔の前で手を振ったが
 真顔のまま、全然気づいていない。



「龍弥?」


 ハッと意識が元に戻った。


「あ、あぁ。ごめん。
 ぼーっとしてたわ。」


「大丈夫?」


「下野さん、クレープ屋さんの
 近くにいるってさ。
 あっちだと思うんだけど……。」


 龍弥はスマホを見て、ラインを
 確認すると下野からメッセージが
 来ていた。

 進行方向の左側の方を指差した。


「……あ、ほら。やっぱりそうだ。
 龍弥、また会ったね。」


 繋いでいた菜穂の手を離し、
 後ろを振り返ると、

 声をかけてきたのは
 駅の切符売り場で会った
 佐藤 雫だった。


「あ……。」

 龍弥は声をつまらせた。

 雫の隣にいるのは
 狐に似ているという中学の時の先輩
 菅原 勇樹(すがわら ゆうき)
 だった。
 

「龍弥たちもお祭り来てたんだな。
 そっちの娘は?
 彼女?」


「…えぇ、まあ。そんなとこで。」

 照れながら頭をかく龍弥。
 
「えーうそ、龍弥にも遂に
 彼女できちゃったの?
 いつもみんなの白狼くんって
 中学では言われてたのに。
 高校でもそうなってんじゃないの?」

「いやいや、そんなことは。
 サッカー部なんてここ数日前に
 入部したところなんで。
 そんなことより先輩たちは
 付き合ってるんですか?」


 菜穂は3人で
 話が盛り上がってるなぁと思い、
 龍弥に気づかれないようにと
 一歩ずつ後退していく。


「うーん、それはないなぁ。
 同窓会するって言うので
 幹事するために会ってるだけだし。」

 雫が言う。

「え、マジかよ。
 1ミリもなし?」


「あ、え、あ??
 まさか、勇樹は
 そのつもりだったの?」


「おや?あれ、まさかの…。」


「うん。」


「先輩、告白っすね。
 てか、邪魔しちゃ悪いんで
 俺はこの辺でって
 あれ、菜穂、どこ行った??」


「彼女、いつの間にか
 いなくなってるじゃん。
 龍弥、放って置くなんて最低ー。」


「ははは、放置なんて
 してないっすけどね。
 おかしいなぁ。
 それじゃぁ、失礼します。」


(龍弥の知り合い、
 多分、中学って言ってた。
 先輩っても声かけてたから
 部活の先輩だ。
 めっちゃ可愛い人だった。
 目も大きくてスタイルも良くて…
 片思いしてた人ってあの人なのかも
 しれない。
 だから、ぼんやり
 焦点が合わないくらい
 見てたんだ。)

菜穂は、ブツブツと呟きながら、
人混みの中をかき分けて目的も無く、
前へ進む。


待ち合わせ場所のクレープ屋さんとは
全く反対方向だった。


時々すれ違う人の肩に
当たりそうになる。


どこにいけばいいのかわからず
ただ、ただ、人混みに流されるように
進んで行った。



「菜穂! 菜穂!!」



 遠くで混雑する中から声がした。
 龍弥が叫んでいる。
 恥ずかしいからやめてほしい。
 なんで人が多いところで
 呼ぶんだろう。


 両耳を塞いで
 大きい通路の外れた空間の方へ
 進んでみた。


 目が曇っていて前が見えない。

 曇っているのか。

 歩きすぎた足が疲れて佇んでいると
 左腕をがっちりと掴まれた。


「つかまえた。」


 息を荒くして龍弥が後ろにいた。


「な、何、泣いてんだよ。」


 龍弥の声が聞こえないくらいの
 花火のうち上がる音が響いた。

 上を見上げると
 カラフルな花火が
 今度は何発も
 繰り返し打ち上げているようだった。


「花火……。」


 泣いていることに気づかずに
 ひたすらに花火が打ち上がる方に
 顔を向ける。


「なんで泣いてんのよ。」


「ただ、花火を見て
 感傷に浸っているだけだよ。」


「んな訳ないでしょう。
 花火が打ち上がる前に
 泣いてたって。」


「もう、やだよ。こんな自分。
 だって、龍弥がそばから
 いなくなるとか。
 他の人と仲良く話してるとか。
 見てるだけでこう、
 この辺りが苦しくてさ。
 その場にいられなくなるだって。
 さっきだって、あの人って
 中学の時に片思いしてた人だよね。」


 菜穂は胸あたりを
 ギュッとつかんで話す。

 周りは、お客さんで溢れている。

 お祭りなのに、全然楽しくない。

 すごく苦しい。

 さっきから、
 良いこと嫌なことの繰り返しで
 ほぼ嫌なことの方が多い。


 子どものように無邪気に
 楽しみたいって思ってるのに
 それができないのが悔しい。


 せっかくの花火が涙で目が濡れて
 よく見れない。


「菜穂、それって
 俺のこと すっごい好き
 ってことじゃん。」

 
 その言葉と同時に特大花火が
 打ち上がる。


「……え、違うよ。
 違う、違う。
 絶対違うから。」

 目から出る涙が一気に乾いて、
 なぜか目的も無く
 歩き出している。


「そっか、そっかぁ。
 そんなに気になるのかぁ。」

 ズボンのポケットに手をつっこんで
 菜穂の行く方向に着いていく。
 ちょうど、下野と待ち合わせする
 方角へと進んでいた。

 嬉しすぎて笑みがこぼれる龍弥。

 菜穂は必死に平常心に戻そうと
 していた。

 自分の気持ちをさらけ出さないように
 ひたすら隠した。
 
 それでもさっきの発言で
 ほぼダダ漏れなのは
 言うまでもない。



「あーーー、やっと来た。
 もう、2人とも遅いよぉ。
 花火始まってるじゃん。」

 菜穂を先頭にやっと
 下野と瑞紀の2人に
 合流した。


「お待たせしました。
 ごめんなさい。
 遅れちゃって……。」

「どーせ、2人で
 喧嘩してたんでしょう。
 仲良いかなぁと思って
 手繋いでかと思ったら
 もう離してるし。」


(バレてる……下野さん
 エスパーだな。)

 よく観察している下野だった。


「なんでわかるんですか。」


「大体予測つくよ。
 わかりやすいもん。
 2人とも……。」
 

「行動がバレてるのか。」
 

「ねぇねぇ、穴場スポットに行って
 花火ゆっくり見ようよ。」

 瑞紀が下野に声をかける。

「あぁ、そうだね。
 龍弥くんたちも一緒に来る?
 ここからだと人がたくさんいるから
 ちょっと外れたところに
 綺麗に見えるところあるのよ。」


「そうなんですか。
 ぜひ、お願いします。」

「よし、じゃぁ行こう。」

 下野は瑞紀の手を引いて連れていく。

 龍弥もそうしようとしたが、
 遠くの花火をずっと見て
 こちらを向こうとしない菜穂がいた。

 興味がなさそうだった。
 諦めてポケットに手を入れたまま
 2人の後ろに着いて行った。


 数十メートル歩いた先に小高い長く続く階段があった。

「ほら、ここなら、階段に座れるし
 花火も見れるよ。」


「下野さん、詳しいっすね。」


「ちょっとね、下調べに来たんだよ。
 ね、瑞紀。」


「あー、2人で神社にでも
 行ってきたんですか。」


「そうそう、塩竈神社に行くついでに
 ここの階段良いなぁって思ってて。」


「神社でさ、恋みくじしたら
 私、大吉出てさ。
 良縁ですってなってた。
 でも、これってこれから
 新しい人に会うって意味
 だったりして?」


「瑞紀、わざと言ってるでしょう。」


「うん。」


「占いは占いだから。
 信じるものは救われるって思って
 おけばいいじゃないの?
 2人は、
 どこかデート行ってないの?」


「と、特には無いですね。
 最近は部活で忙しいので……。」


「え、え、聞いても良いのかな。
 2人はどこまで行ったの?」


「み、瑞紀!それは。」


「え……。」
 龍弥は言葉に詰まらせる。


「だって気になるじゃん。
 ずっと喧嘩してるところしか
 見てないけどさ。」


「龍弥くん、言わなくていいよ。
 言ったら、こっちも言わないと
 いけないでしょう。
 むしろ言わないでね。」


「それは……。」

 瑞紀はドキドキわくわくする。


 菜穂は会話に参加しようとせずに
 少し離れたところに1人
 階段に腰掛けて
 ただ茫然と花火を見ていた。


 話そうとする龍弥を遮るように
 菜穂は立ち上がり


「帰る。」


「え、うそ。」
 瑞紀は驚く。


「ごめんなさい。
 帰りますね。」


 空気を読めない人だとわかっていた。
 話がすごく盛り上がっていたにも
 関わらずズンと重い空気が
 のしかかってきた。


 菜穂はなんだか、
 虫の居どころが悪かったようだ。


「……。」


 龍弥はなんて声をかければわからずに
 間があく。


 花火はそれでも鳴り続ける。


 菜穂は階段をずっと降りた。


 夜道で真っ暗だった。


 それでも浴衣で1人来た道を
 帰ろうとしていた。


 別に話す内容が
 好きとか嫌いな訳じゃない。
 

 来ているメンバーが嫌いなわけ
 じゃない。


 気持ちが乗らなくて、
 楽しく花火が見れていないことに 
 不満だった。

 
「龍弥くん、追いかけなくていいの?
 暗いし混むところ
 1人で帰らせるには
 危ないんじゃないの?」


「そ、そうですよね。
 なんか、すいません。
 お先に帰ります。」

「うん、気をつけて。」


 下野と瑞紀は手を振って
 別れを告げた。

「なんか、
 聞く内容がまずかったのかな。」


「ここ来る前に
 何かあったんじゃないの?
 ずっと菜穂ちゃん静かだったから
 瑞紀は関係ないと思う。」


 龍弥はあの時、雫先輩に会わなければ
 菜穂が機嫌悪くすることは
 なかったのか。

 最初から最後まで2人で来た方が
 良かったのか。

 反省点がたくさん出てきた。


 龍弥はずっと一定の距離を保って、
 菜穂の後ろを着いていった。

 まだ、花火は終わっていない。
 どん、どんと打ち上がっては
 パラパラと落ちるのを
 繰り返している。

 綺麗な花火なのに
 こんなに寂しくて楽しくない。
 どうしてだろう。
 隣同士一緒に見たいと思う人と
 見られない。
 

 たった一つの行動や会話で
 こんなに機嫌悪くするんだと。


 話しかける勇気が持てず、
 駅の中も電車の中も
 顔と姿が見える距離から
 見守る形で一緒に帰った。

 混んでいたためか
 こちらの様子には気づいて
 いなかった。


 真っ暗な夜道を
 帰る途中、前に菜穂に
 呼び出しされた
 公園を通りかかった。

 菜穂は公園の前で足をとめて
 中に入って行った。

 後ろから着いていたため、
 菜穂の姿が見えないと
 走り去ろうとしたが、
 公園に入ってくのを
 見逃さなかった。

 公園の地面の砂のこすれる音がした。



 いつも落ち込んだり
 悲しんだりしたときは
 この公園のトンネル遊具に入る菜穂。

 龍弥は勘づいて、
 後ろから着いていった。


「うゎ!!」


 龍弥が後ろを着いてきてるとは
 気づかずにびっくりした菜穂。


「お邪魔しまーす。」


「入ってこないでよ。」


「別にいいじゃん。」


「やだってば。」

 
 外に追い出された龍弥。


「そんなに花火、見たくなかった?」


「そういうわけじゃないよ。」


「んじゃなんで?」


「私、可愛くないから。」


「え、今更?」


「だって、可愛くないんだもん。
 この着てる浴衣だって、
 浴衣が可愛いのであって
 私自身は可愛くないもの。
 私は龍弥にふさわしくないから。」


「誰が言ったんだよ。」


「誰も言ってないけど、
 私が思っただけ。」


「浴衣は可愛いに決まってるじゃん。
 デザイナーさんが一生懸命考えて
 着てる女の子を可愛くさせるために
 作ったものでしょう。
 可愛くなるのは当然だよ。
 むしろ可愛くない人を
 可愛くするんだから。」


「…何か、褒められてない気がする。」



「菜穂がいったんじゃん。
 お弁当は作った人のことを考えろって
 浴衣だって一緒だろ?

 てか、どうしたんだよ。
 何か変だよ。」


「元々変ですよぉーだ。
 あの人みたいに可愛くないから。
 私は。もう放っておいて!!」


「菜穂!!」


「え…。」


「俺、菜穂を顔で選んでないから。」


「は?
 顔で選んでない?
 ちょ、なんかぐさって
 逆に傷つくんですけど。」


「あー、言い方間違った。
 えっと、
 何が言いたいかというと、
 俺、別に雫先輩のこと
 何とも思ってないから、今は。
 
 そりゃぁ、当時は好きだたったけど、
 今、あの人、隣の先輩と
 付き合うみたいな雰囲気だったし
 俺なんか眼中にないよ?

 俺が好きなのは、菜穂。
 なんでかって言うのは、
 本当の自分出せるから。
 緊張はあまりしないし、
 喧嘩してもすぐ戻れるし
 何が1番いいかって一緒にいて
 楽なんだよ。落ち着くの。
 それが理由じゃだめ?」


 首をブンブン横に振る。


「菜穂は?」


「……うん。」



「うん?」



「顔…近い。」



「していい?」



「やだ。」



「なんで。」




「なんでも?」




「うん。公園だから。」



「そんなのベストスポットじゃん。」


 菜穂の前髪をかきあげて、
 そっとキスした。

 ご不満そうな顔で頬を膨らます。

 鳥のようにくちばしを
 とがらせたようなチューをした。

 恥ずかしくなった菜穂は
 わぁーっと両手を動かした。

 その両手をとめて
 壁に肩を押し付けた。
 
 何回も何回も繰り返し
 唇をはわせて
 口付けた。


 嫌がる素ぶりはしない菜穂。

 
 体中に鳥肌が立って
 全身に感じていた。


 ぎゅーと体を抱きしめる。


 夏の夜、公園の電灯が光っていて
 暑くても平気だった。


 心がすごく満足していた。


「菜穂、好きだよ。」


「……私も、龍弥が好き。」



「やっと、言ったね。」



「やっぱ、もう言わない。」



「そんなこと言うなよ。
 また言って。」


 恥ずかしくなって、トンネル遊具からドタドタと外に出始める2人。


「やだ、絶対言わない。」


 鬼ごっこのように公園を出て、 
 いつの間にか菜穂の家に
 向かっていた。

 波があった一日も最後には
 落ち着いてほっとした菜穂だった。


 その頃、下野と瑞紀はというと
 下野の部屋に着いて、
 汚い部屋を片付けるところから
 始まり、
 それをやっとこそ終えて
 それぞれにシャワーをして、
 シャワーを終えた瑞紀が
 リビングに行くと
 いびきをかいて
 寝ている下野がいた。

「あ、寝てるし。
 もう、せっかくおニューの
 下着買って
 準備してきたのに
 なんで寝てるのよぉ!!」

 体を揺さぶって起こそうにも
 起きない下野。


 いつもならガツガツ行くのに
 今日ばかりは
 お祭りの気疲れと体力的な疲れで
 寝落ちのようだった。


 しぶしぶ
 瑞紀はスルメを貪って
 缶チューハイを1人飲んでいた。

 
 今日の夜空は
 三日月が出ていて
 光が細く
 花火の邪魔をしていなかった
 ようだった。










 
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