スノーフレークに憧れて

第7話

 今朝はずっと屋根の淵から落ちる雨の音で目が覚めた。

 バケツに入った水にポタンポタンと落ちる音が心地よい。

 あと何日後かにこの辺も梅雨入りするのだろうか。

 傘入れの中から何本も買ってしまったコンビニ傘を取り出した。

 長靴なんて幼稚園児が履くものだと思っている龍弥は濡れても構わないといつものスニーカーを履いた。

 バックの中には、しっかりと曲げわっぱのお弁当を入れた。いつも入らないお弁当入りバックは重く感じた。

 
 傘を差して、音楽を聴きながら、歩いた。

 
 学校に着いてから、弁当のおかずの汁なんて溢れるなんて知らなかったため、予測はできなかった。


 まぁ、食べれれば何でもいいかと雨も降ってて誰も見なし、興味もないだろうと、バックと教科書がびしょ濡れでも気にしなかった。

 とりあえず、通学路で無料で配っていたポケットティッシュで無くなるまでふきまくった。

 少し教科書類がしょうゆで濡れたけど、読めるからいいだろう。

 
 気にすると言えば、スマホと繋いでいるコード付きイヤホンがびしょ濡れで使えなくなったことがショックだった。


 泣きそうになる。

 
 かろうじて、防水のスマホで安心した。


 机でゴタゴタと拭いていると、目の前にいつもより小綺麗にした菜穂が通り過ぎて、自分の席に行く。

 
 ふと下を見ると、菜穂のバックから足元にキーホルダーが落ちた。


(げ、これ、俺のキーホルダーじゃん。なんで、持ってんだよ。でも、ここで言ったら、バレるな。言わないでおこう。ちくしょー。大事なものなのに…。)


 龍弥は、黙ったまま、キーホルダーを拾って、菜穂の肩を叩いた。


「え、何? あ、それ。私のではないんだけど、どうも。」


  素知らぬ顔で渡した。きっとバレてない大丈夫と後ろを振り返る。



「あのさ、これ、君のではないの?」


 菜穂は、さらに問いかける。

 龍弥は聞いてないふりして、振り向かない。

 無視されたと思って、菜穂は近くに行く。


「これ。」


 下を向いて、首を横に振った。

 一言も話さない。


「ふーん。そう。やっぱ、違うんか。」


 菜穂は納得したのか、立ち去っていく。


思わず。


「あ。」


「え、何か言った?」


 1人ゾーンに入ったのか、龍弥はまた聞こえないイヤホンを耳につけて音楽を聞いてるふりをした。


(なんだ。なんでもないのか。なんだ、今の「あ。」って。学校の龍弥は本当に話さないからどんな声してるかわからなかったけど……似てる気がするような。気のせいか。顔は全然違うもんなぁ。)


 
 そう思いながら、菜穂は自分の席に戻る。



「あ!…ああー。そっか。そっか。」


 席に着いて、ハッと気づいた菜穂。

 龍弥がバックの中にお弁当を入れてきたことを思い出した。
 
 おかずで汚れた教科書とバックの中を掃除していた。

 今まで、購買部のパンやコンビニのものだったのが、昨日のお弁当の事件があったからか、初めて龍弥が自分でお弁当を持ってきていることにすごく嬉しかった。

 あのパチンと叩いた頬には、意味があったなと何度も1人頷いた。
 

 笑顔がほころんでニヤニヤがとまらない。


「菜穂、さっきからなんでそんなに笑っているの?」

 近くの席にいたまゆみが言う。

「いいから、いいから。良いことあったからさ。あとで保健の先生に報告しないと。」


「なんで? 報告すんの?」


「しー。」


 口元に人差し指を置いた。


「は?」


「ほら、ホームルーム始まるよ。」


まゆみは疑問符ばかりだ。



 1時限の授業が終わると、菜穂は保健
室の先生に報告に言った。


「先生~、報告があります。」


「あ、雪田さん。手は大丈夫?」


 いすに座っていた先生は立ち上がっ
て、様子を見にきた。


「昨日はありがとうございました。おかげさまで大丈夫です。先生それより、報告があるんです。あいつ、白狼、お弁当持ってきました。今まで持ってこなかったのに。凄いっすよ、先生。心変わりです!!」


「ウッソー。白狼くん。行動うつした?そっか、そっか。そのうち、化けの皮剥がれるかもなぁ。雪田さん、頑張ってよ。」

 腰に手をつけて、言う。

「化けの皮ってどういうことですか?」


「話せば長くなるんだけど…。」


ガラッと保健室のドアが開く。噂をすれば何とやら…。


「……。」


 ジーと黙って、2人の顔を見る龍弥。何か言いたそうだが、言えないと黙っている。


「あ。白狼。ほっぺたはもう良くなった?てか、その手何した?!」


 何しに来たのかと思ったら、龍弥は紙で左手指を切ったらしく、血がダラダラと垂れていた。


 さっき持っていたティッシュを使い切ってしまったため、保健室に来た。乾燥した手は教科書の紙でも切れやすいよう
だ。何も言わずに手を差し出した。


「はいはい。今消毒するからこっち来て。」


 指先から親指辺りまで綺麗にまっすぐ切れてしまったようだ。


「白狼、喋れって。ったく、他の生徒いるとすぐだんまりなんだから。警戒しすぎっしょ。雪田はクラスメイトなんだし、別に話してもいいだろ?」


 先生は消毒しながら、言う。
 相変わらず、何も言わずに、青筋を立てて、怖い顔でこちらを睨む。

「警戒心ありすぎ。白狼は本当に苗字と同じで狼みたいだよなぁ。ほら、絆創膏!」

 関係ない背中をバシッと叩いた。

 ガルルルと本当に頭から耳と口から牙が生えてくるんじゃないかと思う目つきをしていた。


 
 かと思うと、龍弥は、警察の敬礼のようにお辞儀をして、保健室を出て行った。


「え。先生、あの人。あんな感じなんですか?」


「んー。あんまり話さない方がいいのかな。直接本人に聞き出してよ、雪田さん。私、あとであいつにしごかれそうだわ。」

「えー。別に、興味無いですよ。なんか怖いし。あ、そろそろ授業始まるので行きますね。」


「おう。何か分かったら、教えてね。」


 菜穂は特に気にしないようにしていたが、逆にそう言われると気にしてしまう。

 やはり、無意識に視線があいつに向いているのを強制的に右手を使って頬杖ついて外を見るようにごまかしてみた。いつも、ギリギリのところで視線が合いそうで合わないの状態が続く。


 席の2つ前の杉本は、何となく菜穂の様子が変だなということに気づき、龍弥の菜穂呼び捨ての件と言い、菜穂の行動を見て、2人何かあるなと勘づいた。
 

 何か仕掛けてみようと、杉本は、休み時間の理科室へ移動の時、たまたま菜穂の後ろを歩いていると、菜穂の前には龍弥は歩いていて、そっと菜穂の背中をぶつかったふりをした。

「おっと、ごめん。」

 ベタンと音を立てて、床に転ぶ菜穂に、静かにかわして、すり抜ける龍弥。 鼻が床にぶつかって赤くなっていた。



「いたたた…。」


 じっと下を見下ろす龍弥。


 近くにはクラスメイトたちが他にもいたため、自分じゃなくても助けるだろうとすーっとその場から逃げた。

 杉本は自分が転ばせた癖に、さっと手を差し伸べて心配する。


「大丈夫か?」


「あ、ごめん。ありがとう。なんか、背中がぶつかった気がしたんだけど…。気のせいかな。私は平らなところでもよく転ぶから。」


「鼻赤いけど…。」


「うん、大丈夫。」


 理科室の中に先に入っていた龍弥は何となく、鼓動が激しくなるのを覚えた。


 関わりたくないはずなのに、取り残された気がした。


 自分が助ければよかったかなと少し後悔した。



***

昼休みには、お弁当を持って、中庭のベンチに座った。食べているところを誰にも見られたくなかった。

ごまかすように使えないイヤホンを耳につけたまま、祖母が作ったからあげ弁当にありついた。


 大きな口を開けたところに、数メートル離れたところにいるいろはがしゃがんでこちらを見ていた。


(げっ。)



「お兄。何、食べてんの?それ、おばあちゃんのお弁当だよね。」


「……。」

 

 後ろを向いて、パクッと箸でつまんでた唐揚げと卵焼きをいそいで口に頬張った。

 3年ぶりに食べた手作りの卵焼き。少し甘めでふわふわだった。


 3年前に亡くなった母のことを思い出す。

 それ以来、手作りのお弁当は食べていなかった。


 いろはは、祖母からお弁当を持って行ったことを聞いたため、嬉しそうだった。


「ねえねえ。なんで、今日、お弁当持って行くことにしたの? 今朝、雨降ってたしさ。今は晴れているけど。ここのベンチだって少し濡れてるし…。端っこは乾いてるけど。」


 龍弥はいろはを避けるようにくるくると体の向きを変えた。


「私の話聞いてよ!!」


 思わず、龍弥の耳から肩を触ったら、いつもつけていないピアスが外れて、下に落ちた。

 それと同時に血がしたたり落ちた。

 龍弥は慌てて落ちたピアスを探した。長い髪の間から右耳たぶから血がダラダラと落ちる。


「あ、ごめん。ちょっと、血、出てる。ピアス探してる場合じゃないよ!!」


「うっさい!」


 龍弥は探すのに必死だった。
 
 龍弥が耳につけていたのは両親の形見の結婚指輪だった。

 左耳は父親、右耳は母親のもの。今日はたまたま外すのを忘れて学校にまでつけていた。

 それを無くしたらと思うと気が気ではなかった。

 いつの間にか、石畳の通路の側溝の蓋にコロコロと転がって、水が入ってる下にポチャンと落ちた。最悪だった。


 泥まみれになってもいいと、重い蓋をこじ開けて、見つけ出す。

 龍弥は、心底、安心した。


「はぁ。良かった。」


 雨上がりで水路の水かさが多かった。龍弥は制服のズボンが泥まみれでびしょ濡れになった。


「ちょっと、そこまでして探すの?ピアスひとつ、また買えばいいじゃない。」


 いろはは、心配そうに言うが、龍弥にとっては絶対に探さないといけないものだった。


「このかわりはない!!」


 右耳からダラダラと血を垂らしながら、そのまま保健室に向かった。

 本日2回目だった。


 殺人事件があったみたいにタラタラと地面に血が落ちていた。


 いろはは、後処理しなきゃと持っていたウエットティッシュでゴシゴシ地味に頑張った。


保健室に行くと


「白狼?! 何があった?喧嘩?!」


「すいません、耳切れちゃったんで、処置お願いします。」


「いや、それ、無理よ。病院レベルだから。ほら、とりあえず、脱脂綿でおさえて、車出すよ。連れてくから。」

 後ろから走っていろはが着いてきた。


「先生、すいません!それ、私が間違って怪我したんです。あー、兄妹喧嘩ってことでダメですか。」


「喧嘩じゃねぇって。ただ、ピアス引っ張って、血出ただけなんで、いろは関係ないっす。」


「お?おう?そうなんか。まあ、いいけど。とりあえず病院行くぞ。白狼妹も行くの?」


「あ、はい。一応、着いていきます。」



「てか、白狼、ピアスは校則違反だからな。穴空いてるのは知ってるけど、してきちゃダメだろ。」


「すいません…。」


(やけに素直…。いつもこうなら良いのに。)


まるで、耳があったら、しゅんとなっていそうな雰囲気だった。


 保健の先生の運転する車の後部座席に2人は乗り込んで、それぞれの窓に頭をつけて、病院に着くのを待っていた。
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