出戻り王女の恋愛事情〜人質ライフは意外と楽しい

序章

「や、やめて・・いやっ!」

 ベッドからガバリと微かな悲鳴を上げて、ジゼルは飛び起きた。

「は、はあ、はあ」

 まるで今走ってきたばかりのように、肩で息をする。
 心臓がバクバクと打ち、額にじわりと汗が滲み出る。

「ゆ、夢・・よね」

 カーテンが微かに開いている窓から、月明かりが差し込んでいる。
 うっすらと夜の闇が薄れてきているのは、もうすぐ夜が明けるということだろう。

 ベッド脇にあるテーブルの上から水差しを取り上げ、コップに注いで水を飲んだ。

「ふう」

 コトリとコップを戻し、ベッドから出て窓辺に向かう。
 カーテンを開けると、東の空が白み始めているのが見えた。

「もう眠れなさそうね」

 もう一度眠ることを、ジゼルは諦めた。もうすぐ起きる時間だからなのと、もう一度寝てあの悪夢の続きを見るかも知れないと言う恐怖からだった。

「もう六ヶ月経つのに」

 あれからもう六ヶ月とも言えるし、まだだ六ヶ月とも言える。
 ジゼルは夜着の緩い袖から伸びる自分の腕を見た。
 そこにあった筈の傷はもうとっくに癒えて跡形もない。
 なのに、心はふとした時にあの時の恐怖を思いだして、こうやってジゼルを悩ませる。

 パン

「しっかりしないと、今日は大事な日なんだから」

 頬を両手で叩き、自分自身に叱咤する。

「いい大人なんだから、いつまでも過去に捕らわれていたらだめよ。前を向いて歩かないと!」

 前を向いていないと道を見失う。すでに亡くなって久しい大好きだった祖母の口癖だ。
 幼い頃、その言葉を初めて聞いた時は、意味が分からなかった。歩くときに前を見るのは当たり前だ。大人はおかしな事を言うと思った。
 でも、今ならその意味がわかる。後ろ向きに生きていてはいけない。過去の出来事はもう忘れよう。

「今日はどんなことが待っているかしら。新しい出会いがあると良いわね」

 昇る朝日を見つめながら、ジゼルはそう思った。
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