出戻り王女の恋愛事情〜人質ライフは意外と楽しい

第六章

 ジュリアンが生まれるまでは、もしかしたらジゼルがエレトリカの女王になっていただろう。
 しかし、ジュリアンが生まれ、その道は途絶え、そしてドミニコの元へ嫁いだ。
 しかし、彼とは離縁となり、ジゼルはエレトリカに戻ってきた。
 その際、父は賠償金をドミニコに払い、そのお金はユリウスたちに払われるはずのお金だったため、彼らへの支払いが出来なかった。
 それを回収に来たユリウスに人質になることを申し出て、ジゼルは今この地にいる。

 これまでの出来事のどれかひとつでも欠けていたら、今ここにはいない。
 そして、こうして彼女を人質だと言って連れてきた張本人と、ジゼルはなぜか夜も更けた中庭で抱き合い、口づけを交わしている。

 人生というものは、何て奇妙なのだろう。

 しかもドミニコと肌を合わせることには、あんなに恐怖を感じていたはずなのに、なぜかユリウスに触れられることには何の抵抗もない。
 
 肌が粟立ち体が震えるのは、寒いからではない。それどころか戸惑いながらも彼に触れられることに歓びを感じている。
 自分でも知らなかった感覚は、ジゼルに未知への恐怖以上に新たな歓びと可能性を見出させた。

 ユリウスの膝の上で今ジゼルが感じている熱は、確実にジゼルにとっては未知の経験だった。
 けれど、不思議と怖いとは思わなかった。

「ジゼル」

 ただ名を呼ばれただけなのに、耳元で囁くユリウスの声を耳にしただけで、ジゼルは体の奥がかっとなって、彼に思わず縋り付いた。

「ユリウス…私…何だか…おかしい」
「何がおかしい?」

 熱い吐息が彼が話す度に耳に吹き込まれる。それもまた、ジゼルの体にこれまで感じたことのない疼きをもたらす。

「胸が…ドキドキして、お腹の奥が熱くなって」

 もどかしげにジゼルはユリウスの膝の上で身動ぎする。
 すると、ユリウスの硬くなったものに太腿を更に押し付けることになった。

「う…」
「あ、ご、ごめんなさい」

 苦しげな声がユリウスから漏れて、ジゼルは謝った。

「今のはちょっと、いや、大丈夫だ。そんな顔をしなくていい。俺が耐えればいいだけだ」
「でも…」

 ドミニコと肌を重ねることに慣れなかったとは言え、ジゼルもそれなりに知識はある。張り詰めた男性のそこがどのような状態かは知っている。

「そんな風に、あなただけが耐えると言うのは止めてください。私を気にかけてくれるのは嬉しいですが、私もあなたのために何かしたいと思っています。だから我慢しないでください」

 まったく怖くないと言えば嘘になるが、ジゼルもいつまでも子供ではない。
 人質になると宣言したときのように、自分が出来ることがあるなら、逃げずに向き合わなくてはと思う。

 これまでの悲しみも、辛い気持ちも、流した涙も、二人の今に繋がるための布石なのだとしたら、ここでどちらかが我慢することも、また必要なことなのだろうか。
 
「あなたが私の体に灯した火は、私の中で燻っています。あなたはこれも耐えろと言うのですか」
「しかし…」
「エレトリカの王宮で、人質としてここに来ることを決心したのは私自身ですが、最初は不安しかありませんでした」

 ジゼルは王都の門を潜り抜けた時の心境を思い出した。

「でも、ここの人達は私を温かく迎えてくれた。私に役割を与えてくれた。まだここに来て数日ですが、エレトリカの王宮と、バレッシオの居城しか知らない私には、ここはとても居心地が良い所です」
「意外に少ないな。比較対象が少なすぎる」

 確かに二十四年生きてきて、自分が実際いた場所がたった三箇所とは、世間知らずだという自覚はある。

「しかし、それほどに気に入ってくれているのか?」
「はい、ここはあなたの治める地。あなたが生まれ、そして育ってきた場所。最初は違ったとしても、ここはボルトレフ一族が住み、発展してきた場所。あなたの強さと懐の深さが感じられる。ユリウス・ボルトレフを作ってきた場所。だから居心地がいいのかも」

 本音を言うなら、まだ怖い。ドミニコと過ごしてきた夜は、もう思い出したくもない過去の出来事にしてしまいたい。

「本音を言うなら、怖いです。でも、可能性があるなら、私も知りたいんです。私にも感じることが出来るのであれば、それを私に教えてくれるのは、あなたがいい。あなたの手で、新しい記憶を植え付けてください」
 
 決意を込めた目でジゼルが言うと、ユリウスはふぅとため息を吐いて、彼女を見て言った。

「わかった」
 
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