ベテラン転生者エリザベス、完璧な令嬢になりました。今度こそ思い通りの人生になる…はず?

寄宿学校を卒業、いよいよ社交界へ飛び込みます。

 レオとの交流は静かに続けながらも、リズとアンナベルは学校で首席争いを繰り広げていた。

「レディ・アンナベル、今回の試験、負けませんわ!」
「のぞむところよ、勝負!」

 こうして二人は激しく争ったまま卒業の日を迎えた。切磋琢磨した結果、二人揃って良い成績をおさめ、甲乙つけ難いとのことで二人が首席となり「社交界で会いましょうね」と涙ながらに約束して卒業した。

 学校史に残るであろう激しいトップ争いであった。

「お帰りなさい、リズ」
「お母さま、ただいま戻りました」
「卒業おめでとう。よくがんばりましたね」
 馬車で領土の屋敷へ戻ってきたリズは、大変垢ぬけた美女へと成長していた。
 学友よりも一足はやく社交界デビューしたため、夜会や舞踏会、お茶会に誘われる回数が多く、付き添ってくれる母とともにあちこちに顔を出しながら勉学に励まなくてはならなかった。体力的には大変だったが、しかし立ち居振る舞いをはじめとしたマナー、社交界で必要とされるありとあらゆる知識、美貌、スタイル、ファッション、どこをとっても、文句のつけようがないほどに成長した。

 社交界は既に、リズの話題でもちきりである。デビューして日の浅い令嬢が話題になるなど、滅多にないことである。
「リズ、あなたは物語から抜け出たように完璧で美しいわ。……実は妖精か美の女神の化身だと言われても驚かないわ」
 母が手放しでほめるが、リズはそっと首を横に振る。
「お母さま……ティレイアお姉さまにはかないません」
「ティレイア嬢は変わらず美しいのでしょうね」
「はい、透き通るようにお美しくて、眩くて、それでいて奥ゆかしいのです。そのまま神や天使に化けても驚きませんわ」
 リズがうっとりとする。
 王都の教会で時折会っていた異母姉ティレイア。いつも、リズを笑顔であたたく迎えてくれる。心優しいレディである。リズの不平不満や愚痴を穏やかに聞いてくれる数少ない相手でもある。
「ところでどうして頻繁に、教会に来ていらっしゃるのかしら?」
「えっと、お姉さまのお母さまが再婚を考えているご様子なのです……」
 その相手とティレイアとの折り合いがどうにも悪いらしい。優しいティレイアの行動に裏があるのでは、計算尽くなのでは、と常に疑い、何かと詰るらしい。そのため、時間があれば教会に逃げて来ているとのことだった。
 分かり合えますように、と、神に祈りを捧げたあとは、お茶でもすれば良いものを、奉仕活動をしているのだ。炊き出しの手伝いをし、讃美歌を歌い子どもたちの勉強を見るティレイアは本当に美しく、子どもたちや町の人に慕われている。
 一度、
「お姉さま、結婚はお考えにならないの?」
 そう尋ねたら、ティレイアはプラチナブロンドの髪を手櫛で直しながら困ったように笑った。
「社交界にも顔を出さず、教会で歌ってばかり。そのうえ実母と距離、いえ、少なからず確執がある、こんなわたくしでいいと言ってくださる殿方がいらっしゃるかしら……」
 絶対にいる、とリズは力を込めた。魔法を使わなくても伝わってくるティレイアの心は、聖女の如くに優しく清らかである。このティレイアの良さがわからない男がいるとは信じがたい。
「リズ。あなたとあなたの家族の幸せをいつも祈っているわ」
「わたくしは、お姉さまの幸せを誰よりも祈ります。お姉さま、絶対素敵な方と結婚してくださいね」
「ありがとう、あなたは本当に優しい子だわ」
「優しいのはお姉さまです」
 ふわり、とリズを抱きしめるティレイアは会うたびに痩せている気がする。
「お姉さま……あの……」
 さあもう行きなさい、と、ティレイアがリズを教会の外に連れ出す。と、そこには豪華な馬車が止まっていた。
 降りてきた小太りの中年女性は、高慢な態度で従者や御者たちをこき使っている。ついでに、出迎えたティレイアを激しく罵っているのが聞こえてくる。思わず足を止めて教会を振り返ってしまう。
 俯くティレイアが見える。細い肩が勢いよく掴まれティレイアがよろけた。

「まぁ! 怖いわね。お姉さまの、お母さまかしら?」

 声が聞こえたわけではないだろうが、その夫人にぎろり、と睨まれた。リズは、優雅に挨拶を返した後、足早にその場を去った。


 そんな環境にありながらも高潔さを失わず誰を恨むでもないティレイア。彼女には到底かなわない。
 だがそのティレイアが、リズの幸せを願ってくれているからには、幸せにならなくては――。
 そう決意したリズは、国で二番目の美女になり国で一番の男を夫にする、という決意をあらたにし、拳を握った。
「さあ、今宵の舞踏会も戦い抜くわよ!」
 夜会に繰り出すために着飾った人々が忙しなく行き交う王都の中央通りを、二頭立ての屋根付き四輪馬車が前後に二台連なった状態で疾走、いや、爆走する。
 からから、などといった可愛い音ではない。ガラガラガラガラという思わず首をすくめるほど耳障りな車輪の音が、綺麗に区画された馬車通りに響く。
 それがまたびっしりと並び立つ石造りの建物に反響して必要以上にやかましい。
 挙句、そのようなスピードで走ることが想定されていないのであろう車体は、豪華な装飾が災いしてひどくアンバランスだ。
 右へゆらゆら、左へふらふら。
 常に揺れて非常に危なっかしい。ときおり馬車から落下物があるのはおそらく、装飾品の一部だろう。

 貧民層の住人と思われる女の子が、キラキラひかるそれに興味を持って素早く拾い上げた。
「ママ、これなんだろう?」
「……綺麗だねぇ……ガラスの欠片かな?」
 二人はそれをじっと見つめる。取得物なので返すべきだと思うが、その落とし主たる馬車ははるか遠くである。
「ママ、これ売ったらお金になるかな?」
「どうだろうか。試しにお店に行ってみようかねぇ」
「うん」

 そんな会話が交わされた果てに、この親子が彼らにしてみれば目玉が飛び出すような大金を手にして貧民窟から脱出できた――などと知る由もない暴走馬車は、舞踏会の会場目指して爆走していた。
 馬たちは、競馬場で走るかのように真剣に走る。そのため、長くは走れない。速度が落ちた馬は、目にも止まらぬ早業ーーつまり魔法で入れ替えが行われる。
 ちなみに、二台目のやや速度がゆっくりな馬車にはシャペロンが乗っているが、こちらの馬たちも乗り手が知らぬ間に交換される。
「魔法が使えるってありがたいわ!」
 車内で女性の声がするが、もちろん通行人には聞こえない。そして入れ替え終わった馬は、魔法で屋敷――王都のタウンハウスではなく、領地のカントリーハウスである――へと送られている。無事に馬たちは到着したわよ、と、母からの魔法のメッセージを受け取ったリズは、安心したように微笑んだ。
「調教に耐えたあの子たち、ほんとに可愛いのよね!」

 しかし新しい馬になった暴走馬車は速度を増し、非常に危なっかしい。案の定、緩やかなカーブだというのに箱が大きく左に流れた。このままだと馬車が横転してしまう。それを想像した通行人たちが、思わず大惨事に備えて身を硬くする。
 だがいったいどうしたものか。
 馬車は、倒れることなく、どうん! と大きく弾んだ。
「三度目の魔法、間に合った! 今夜は残り使用回数一回か、二回程度ね!」
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