baby’s breath(眠れる森の王子は人魚姫に恋をした side story)
翌朝、二人で朝食を食べていると母が入院する大学病院から連絡がきた。

「お母さん、目が覚めたって!」

病院からの連絡にホッとして一気に緊張が解けたせいか、子どもの様に泣いてしまった私を将くんはそっと抱きしめてくれた。

「良かったな。直ぐに病院に行くんだろ?」

いつものわんこスマイルで優しく涙をふいてくれる将くん。

「うん、今日は大学を休んで病院に行くつもり。」

「俺、今日はちょっと予定があって一緒にいてあげられないんだ…。親父(おやじ)と約束があって…。こんな時にごめん。」

一緒に居られないと言いつつも病院まではしっかり車で送ってくれた。いつどんな時でも優しくしてくれるし、とても大切にされていると実感する。なんのとりえも無い私にこんな容姿も性格もいい恋人がいるなんてきっと誰も想像つかないと思う。家庭が混乱している私にきっと神様が幸運を分けてくれたのかもしれない。

病院入り口にあるコンビニでお母さんの好きなレモンティーを買って病室に向かった。
外来が始まる前の病院は薄暗くてとても静かだった。
ナースステーションの前を通ると看護師さんに呼び止められた。

「昨晩、救急で運ばれた久保田さんの娘さんよね?」

「はい。そうですが…。」

「ついさっきの事なんだけど…。」

看護師さんの話によると病院からの連絡に気づいた義父が先ほどまで母に会いに来ていたそうだ。そして、予想通り泥酔していた義父は意識を取り戻したばかりの母からお金を取ろうと暴力をふるった為、病院から追い出されたとのことだった。

「早朝からご迷惑おかけしてすみませんでした。」

 声を掛けてくれた看護師さんに頭を下げた。

「一応、病室を移してネームプレートはかけない様にしたんだけど、あれ、どう見てもDVでしょ?お父さん周りが見えていない感じだったし、日常的になんじゃない?ジェルターについて資料をお母さんに渡しておいたからあなたも目を通しておいてね。あなたまだ学生さんでしょ?ここにいる間は相談にのるからいつでも声かけて。」

そう言うと看護師さんは移動後の部屋へと案内してくれた。

「お母さん。具合どう?」

先ほど買ってきたペットボトルを差し出しながら声を掛けるが、ぼんやりとした様子だった。

「香澄には心配かけちゃったわね…。ごめんね…。さっき、光志さんがここに来てね…」

「うん。今、案内してくれた看護師さんから全部聞いた。あの人、ここでも暴れたみたいだね。」

お母さんは俯いて涙を一筋こぼすとさらに私に謝ってきた。

「…ねぇ、お母さん。一緒に逃げようよ。離婚した方がいいって。」

私の言葉にお母さんは食事用のテーブルに置かれた看護師さんから受け取ったであろうパンフレットに視線を向けた。

「…でもねぇ、あなたも知ってるでしょ?以前はあんな人じゃなかったのよ?とても優しくて誠実で…。」

「もちろん知ってる。でも、今のお義父さんはまるで別人だよ。」

「それでもまだ大切な人なのよ…。ごめんね…。」

 こんなんじゃダメだ。どんなに大切な人と一緒に暮らしてもこのままじゃお母さんはいつまでたっても幸せになれない。

「あなただけでも家を出ない?」

「えっ?」

 思いもよらない言葉に目を丸くした。

「私も分かってるのよ。光志さんがいると香澄も落ち着いて勉強できないでしょ?」

「何言ってるの!?私の家族はお母さんだけなんだよ!大事なお母さんをあんな人のところに残して家を出るなんてできないよ!!家を出るならお母さんも一緒じゃなくちゃ絶対に嫌っ!!!」

「そんなこと言っても光志さんとは…。」

 義父を言い訳に家を出ない母の言葉さえぎるように自分も決意した。

「わかった。…私も彼氏と縁切る。だからお母さんも一緒に好きな人と縁を切って!!!だから二人で一緒に新しくやり直そう!!!」

そう言い放つと、先ほどお母さんが目を向けたDVシェルターのパンフレットを持ってナースステーションへと向かった。
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