月と太陽

小さなアルバイト

 ドアは壊れるし、きっと喜治と優子が大事にしていたスタッフを勝手に辞めさせるし、洸にはさとしの怖い顔を見せた。



お先真っ暗だと深い深いため息をついた。



「どうしよう。俺、やってしまった。勝手にスタッフ辞めさせた。もう来ないよな。これでよかったのか。」



 紗栄は洸を休憩室のテレビのアニメをつけてきてどうにか気持ちを落ち着かせてきたが、紗栄自身の気持ちは落ち着かなかった。



  助けてくれたのに後悔しているさとしがいることで、いけないことをしてしまったのかと自分を責めた。



「さとし、ごめんね。ありがとう。」



「このドア、修理しないとな。ちょっと業者に電話してくるわ。」



 もう、なんだか頭が混乱しているらしく、さとしは外に出て、ドアの状況を確認し、知り合いの修理屋に頼んだら、今日中に来てくれるとのことだった。


 もう、夕方になっていて、本来ならば、マンチカンのディナーの時間だった。


 でも、喜治は今、病院に行っていて、営業することはできない。



 でも、ドアは開いたまま。



 このままだとお客さんはやってくる。



 さとしは、休憩室にある余っていたコックコートに着替えた。


「ごめん。紗栄、手伝ってくれない? マンチカンそっくりには行かないけど、ハンバーグ定食くらいなら作れるから、お店、開けよう。何か、喜兄達に申し訳ないから今日、俺、やるわ。」



「え?えっと…いいけど、エプロン取ってくる。ちょっと待って、洸はどうしよう?」



「あ、そうか。…洸も一緒にやらないかな。」


「何を?」


「紗栄の隣にいれば落ち着くだろ。真似させればいいんじゃ…。」



「5歳の子に仕事させるの?」


「あ…やっぱ、やめるか。」


 諦めようとした時、それを聞いてた洸は思い立ったのか、休憩室から慌てて出てきた。


「ぼくもお店やさんする!!」



 休憩室に落ちてたコック帽子を拾って来たのか頭に帽子をつけてクタぁとなっていた。



「よし、やる気あるな! そうと決まれば、準備しよう。」


「うん。」


 紗栄は休憩室からエプロンを取って身につけた。


 洸は紗栄と一緒にホールを担当した。



 平日ということもあって、さほどお客さんは来なかったが、常連さんが多かった。


 洸のことを知っている人がいた。



 優子が洸をお世話しながら、仕事しているのを見たことある人だろう。



 初めて、カフェのお手伝いをしている洸は嬉しくて興奮していた。


 
 お水の入ったコップを一つお客さんの所に運ぶ。



 慎重に両手で運んだ。



 紗栄はヒヤヒヤしながら、見守る。



 ご年配のお客で小さな子を見てとても喜んでいた。


「いらっちゃいませ。」



 うまく言えてないそのたどたどしい感じが受けていた。


 もちろん、注文を受けるのは紗栄だった。

 洸は「いらっしゃいませ」「ありがとうございました。」を言う係。

 
 あと、お水を運ぶ係を担当した。


 マンチカンの主なメニューは洋食だったが、さとしのカフェで出してるのと似たようなメニューのハンバーグ定食とオムライス定食の2種類にした。


 他は今日は諸事情があり、品切れという形をとった。


 お店の食材在庫もあって、どうにか間に合わすことができた。


 閉店時間の午後7時。



 最後のお客さんのお会計を済ます頃にはようやく業者が来て、ドアの修理を終わらすことができた。



 ドアの修理代は7万もかかった。


 さとしの懐が寒くなる。


 足で鍵やドアを壊したのは、さとしだったため、致し方ないと紗栄もあきらめた。


 ドアを壊した理由も明確だ。


「ごめん、今更だけど、大丈夫だった?」


「何それ、本当、今更だよ。」


 紗栄は笑いながら、答える。


 洸はお仕事のお手伝いして疲れたのか、お客さんが座るソファに座り、テーブルに顔をつけて眠っていた。


 寝顔は天使のようだった。



 そっと横に寝かせて、ブランケットをかけてあげた。



「もう、大丈夫。仕事して、吹っ切れたから。」


「……あいつ、どっかで会ったことあるんだよなぁ。あ、思い出した。剣道の部活で対決した。佐々木だもんな。垂れネームで思い出した。高校の時、剣道で練習試合して俺、勝ってたわ。確か、その時大学の名前書いてあったかな。」


「そう、年上だよ。高校の時、大学生だった。あんまり言いたく無いけど、おじさんの息子、次男なの。」


「え? あの高校の時にレイプされたっていうおじさんの? マジか。余計会いたくないよなぁ。ごめん、変なこと言った。やっぱ、辞めてもらって正解だよな。」


 さとしは、ソファに腰掛ける。



 紗栄は淹れたてのコーヒーをテーブルに2つ出した。



「でも、洸、たけしに懐いていて、調理だけじゃなく、洸のお世話もしてくれてたみたい。お店でのたけしはきちんとしてたみたいで…でも、私のこと全部言わないと理解してくれないよね。ドアの修理とかたけしを辞めさせたとか。あまり、話したくないな。」



 しばし沈黙が続く。どう説明すればいいのか悩んだ。



「紗栄はどうしたい? 俺は、紗栄の気持ちを知りたい。」


「私は、たけしにはもう会いたくない。また、会ったらさとしのグーパンチでは済まないかも。でも、かといって全部の出来事を優子さんたちに話したくない。でも、それだと納得してくれないよね。」



「ただ、このまま、たけしがいない状態だと、洸を見る人がいないってことじゃないかな。喜兄もいつ退院できるかわからないし…仕方ない。ウチでもう少しバイト増やして、紗栄が洸を見ておけばいいんじゃないか? そしたら、たけしがいなくてもマンチカンは何とかなる。必要となれば、俺がここに調理で入ればいいし。」




「ちょっと待って、私がずっとあっちでスコフィッシュフォールドの店を仕切ろって話?無理だよ。さとしがやってよ。そもそも、東京の仕事はどうするの?」
 

 さとしは、頬を指差した。

 昼間に洸に蹴られたところがけがしていた。


 これではモデル業はしばらくできなさそうだ。


「この怪我だから、モデルの仕事は入らない。あるとしたら、TVとかラジオくらい。CMは撮ってきたばかりだから当分ない。あぁ。やっぱ、2足のわらじは無理になるわ。紗栄には悪いんだけど、たけし戻しちゃだめ?紗栄に絶対会わないことを条件にマンチカンに残ってもらおう。そうしないと、俺らの店が…。」




「……複雑だけど、そうしてもらった方が得策かもしれない。でも、出てけって言ったじゃない。もう来ないんじゃないの?」



 苦虫をつぶしたような顔をした。


 紗栄もため息をつく。



 そんな時、優子から着信が入った。



「はい、優子さん? 喜兄大丈夫?」



『ごめんね。連絡遅くなって、今病院からかけているんだけど、1週間入院だって、盲腸みたい。そんな大したことないから大丈夫なんだけど、洸はどう? 落ち着いてる?』




「はい、今、疲れたみたいで寝てます。あれ、花鈴たちは今日迎え来ますか?」



『それがね、地方出張が入ったってさっき裕樹さんから電話が来たのよ。だから来週まで帰って来れないって。さとしくん、申し訳ないんだけど、洸、見ててくれるかしら? 私、入院で行ったり来たりしないといけないから無理なのよ。』



「わかりました。こちらで何とかします。お店の方はどうするんですか?」




『そうね。この際だから、喜治もこの通りだし、1週間臨時休業しようかしら。近くにたけしくんいる?伝えてもらえるかしら?』



「あ、その件なんですけど、もう帰ってしまったので、俺から電話して伝えておくんで、電話番号教えてもらっていいですか?」



『え、そうなの? あ、それもそうね。閉店時間とっくに過ぎてるもんね。ちょっと待ってね。佐々木たけしくんは、080********だから、かけてみて。何か、普段ダブルワークしてるから出られないからいつも掛け直してくるのよ。よろしくね。洸の荷物は全部休憩室にあるから、あとで花鈴ちゃんにも電話しといてね。それじゃあね。』


 優子は通話終了ボタンを押した。
 スマホの画面が切り替わる。



 さとしは、
 つばをごくんと飲み込んだ。


 さっきあれほどたんかきってたけしを追い出したのに、その相手に電話をかけるなんて、ストレス強、極まりない。


 スマホに電話番号をタップしたまま、番号を見つめた。


 紗栄に電話するより緊張するさとし。


 数ヶ月前に禁煙したばかりのタバコが無性に吸いたくなって来た。

 
 冷えたコーヒーが入ったカップの中を見て飲んだ。



 緑の通話ボタンを押した。




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