月と太陽

失った時に気づくもの

 夜も深まり、裕樹の家ではさとしと紗栄は、花鈴が帰ってくる事を知り、サプライズのメニューを作っていた。

 あまりにも、遅い時間の昼寝だったためか、洸と深月は夜9時だと言うのに目が冴えていた。

 仲良く食事の準備を手伝ってくれた。

 可愛いウインナー何本も乗ったチーズたっぷりのピザと、しらすと季節の野菜が乗ったピザ、シンプルなマルゲリータをオーブンを借りて焼いていた。

 バニラアイスが入ったバナナチョコのクレープを人数分作り、デザートに端っこに置いた。

 たまごとモッツァレラチーズのサラダをテーブルの中央に。

 野菜たっぷりのあったかブイヨンスープも並べておいた。


「それにしても、2人とも遅いなぁ。まだ花鈴見つからないのかな。」


 腰に両手を当てて、窓の外を見る。

 真っ暗な夜の街の明かりが輝いている

 食事の準備も仕上がったことだし、お腹も空いたので食べようとみんな席について、手を合わせようとしたら玄関のドアがガチャと開いた。


「ただいま~。」

 声を揃えて入ってきた。
 
 花鈴も裕樹も自分の家なのだからすぐに入ってくれば良いのによそよそしそうに玄関で止まっていた。

 声が聞こえると、洸と深月は席から立ち上がって、2人のところに駆け出した。


「パパ~、ママ~!」

 さとしも紗栄も、同じように玄関に行った。

 花鈴と裕樹は、とても良い匂いがしていた。

 花鈴に至ってはお肌もプルプルになっているし、裕樹は夜なのに、ヒゲも綺麗に剃られている。

 恥ずかしそうにニヤニヤしている。

「ん? 何、2人とも、風呂でも入ってきたの? 何かアロマみたいな良い匂いするけど…あ、え、あ? ああ。そう言うことかぁ。ふーん。国分町らへんにでも行ってきたのかなぁ?」


 さとしは勘づいたようで、ハッキリとは言わないが分かってしまった。


 丁寧に靴を脱いで、恥ずかしそうに何も言わずに静かに家の中に入る2人。


「え?なになに。」


 紗栄はさとしに聞くと、さとしはそっと耳打ちした。


「えーーー? そうなの? ズルいな~。黙って行くなんて~。」

 冗談っぽく話す紗栄。
 心の中ではヨリが戻って良かったと安堵していた。


「なあ、裕樹さん!今日の分、何かお礼してくれるんですよね?!」

 さとしは、奥に行く裕樹に詰め寄る。
 花鈴は慌てて、洸と深月の方へ行く。


「あ、ああ。わかったよ! 洸と深月、見ててくれてありがとうな。本当、助かった。」

 話を遮るように洸は話し出す。

「ねぇ! ママとパパ、お風呂行ってきたの?どう言うこと? 僕も行きたかった!!」


「ごめんな、洸。今度一緒に行こうな。今日は夜遅いから一緒に家の風呂入ろうな。ほら、ご飯食べようとしてたんだろ? みんなで一緒に食べよう。」


 いつもの日常が戻りつつある。


「わあ、美味しそう。お店みたい。」


 花鈴はさとしと紗栄が準備したテーブルに用意したご飯を見て、喜んでいた。

「何言ってんだよ。お店の味だよ。俺らは、店出してんだから。」

 さとしは花鈴にツッコんだ。
 それぞれ食卓に座った。


「あ、そうだった。すいませーん。」


 洸は裕樹と花鈴の間に挟まれて座る。

 深月は、自然に花鈴の膝に乗っていた。

「ママが海外出張から帰ってきたお疲れさま会だね。乾杯しよう!」

 「乾杯!」

 用意していたお酒のグラスと、子どもたちにはジュースが注がれていた。それぞれにグラスを重ね合わせた。

 花鈴は裕樹が子どもたちに海外出張していたと伝えていたらしく、内心ほっとしていた。

 その一言だけで、涙が止まらなかった。

 花鈴は居場所のホームポジションはここだと改めて実感した。

 ちょっと違う水を
 味わってみたかった。  

 違う世界を見てみたかった。

 追い詰められている時は視野が狭くなっていて、自分の置かれている状況が不幸に見えてくる。

 外の世界を見て、当たり前のようにあった物や人をすべて失った時、その失ったことの偉大さを知り、小さなことでも幸せだったんだと思い知らされた。

「花鈴、お疲れさま。」

 泣いていることを何も言わずに、裕樹は頭を撫でた。
 洸は、それを見て怒り始める。

「ああ!!パパ、ママ泣かしたな!」

 泣いてるのを見て、裕樹をパンチし始める。

「泣かしてない! ママは嬉しいの。嬉しくて泣いてるの! 洸、パンチするんじゃない!」

「パパ、アンパンチだ!」

 深月も一緒になって後ろからパンチする。もう、食事どころじゃない。

「ほら、洸、深月。ご飯食べるよ。ママは大丈夫だから!」

 花鈴の一言で、2人は落ち着いて席に戻った。

「もう、パパはひどいんだからぁ。」

 ブツブツ言いながら深月はパクパク小さく子供用に作られたハンバーグを食べ始める。

「またママ泣かしたら、僕許さないからね!」

 洸も一緒にハンバーグをフォークで刺して食べ始める。

 その宮島家族の姿を見たさとしと紗栄は微笑ましく見つめ合った。

「仲直りできて良かったっすね、本当。良かった良かった。」

「うん、うん。」

「おかげさまでね。」

 花鈴の気持ちが落ち着いた頃。

「そう言えば、お姉ちゃん、お腹に赤ちゃん、いるんでしょう? いつ生まれるの?」

「えっと…もうすぐ8ヶ月なるかな。となると…多分予定日は、5月くらいかな?」

「え?もう8ヶ月になったの? 準備するもの揃えなきゃだよね。たくさんこれからかかるなぁ~。」

 分かりやすく裕樹におねだりするようにさとしは言う。それを見かねた裕樹は。

「はいはい。出産祝いでしょう。奮発しますから楽しみにしててください!」

 両手を広げて喜ぶさとし。

 兄貴分の裕樹をいつも頼りにしていた。

 紗栄はお腹をさすっていた。
 時々お腹を蹴るのが分かった。

「きっと、さとしに似た元気な男の子じゃないかと思うんだよねぇ。」

「えー女の子がいいな~。」

「どっちでもいいって思っておかないと生まれてくる子どもがかわいそうだよ。」

 2人で子どもの話で盛り上がっていた。

ひとしきり、食事を済ませて、片付けが始まった頃、裕樹とさとしはベランダに行ってタバコを吸いに行った。







「お?電子タバコに変えたのか? タバコは辞めたの?」



「高いですからね。こっちの方がニコチン少なくて、安いから。それより何より、紗栄がうるさくて…お金かかるのもあるんですけど短命でいて欲しくないって…電子タバコにしなさいって早くもお母さんみたいに…。」

「とか言う、俺も、電子タバコだけどな…。紗栄ちゃんもお母さんか。楽しみだろ?」

 裕樹はベランダに背中をつけて話す。

さとしはベランダに置いてあるイスに腰掛けていた。

「いや、もう、本当に。」

 頬にエクボが出来た。
 うらやましいくらいの笑顔だった。

「いいことだ。……さとしくん、俺ね、この花鈴の家出の件と言うか、離婚するって話、結局離婚はしないと思ってたんだよ。」

「え? 何か分かってたんですか?」

「俺の代わりにやってたマネージャーの山岸智也なんだけど、気になって探偵に調べてもらったら、学歴も住所も全部でたらめで、名前も偽名だったんだよ。花鈴に近づくために下調べして、中学から渡米とか、ハーバード大学とか言ってエリートぶってたらしくてさ。さっき、口座調べてみたら、花鈴のお金ほとんど盗まれてた…。」


 まさかの窃盗事件。花鈴はまんまと罠に引っかかって自称智也と言う男性に騙されていた。裕樹はまさかそのままその男と結婚するわけないだろうと離婚するふりをして、現在に至っていた。


 口座をまめに確認するってことはしない花鈴はそんなことが起こっていたのは知らずに過ごしていた。



「え、マジですか? あの男、だから変に仕事できます的な発言してたんですね。何か怪しいなぁとか思ってたんですけど。でもまあ、そのお金を盗まれることよりも大事な人が戻ってきてくれたことで手切れ金みたいなもんですかね。」


「凄い高い出費だけどな。参ったもんだよ、本当。贅沢しなきゃ、老後まで普通に大人1人生活して暮らしていけるくらいのお金持っていかれるってあり得ないよな。人間、稼ぎすぎは良くないってことなのかもしれないな。」


 電子タバコを吸って深いため息をついた。

 警察に届けようにも智也は夜逃げしたようで、アパートの一室はもぬけの殻になっていた。

 花鈴が家を出た数時間後に智也は荷物をまとめて逃げ出していた。


「さとしくん。この話は花鈴にも紗栄ちゃんも言わないでおいて。きっとお金は戻ってこないと思うから。内緒、な。」

 人差し指を口元に当てて、話を終えた。

 カラカラと窓を開いた。紗栄がこちらを見ている。


「ねえ、そろそろ、うちに帰ろう。」

「あ、ああ。今、終わらせるから待ってて。」


 さとしは、吸い殻を灰皿に入れて、裕樹の肩をポンと叩いた。

 帰ろうとした瞬間に夜中まで起きている洸が紗栄に帰ってほしくないと泣き叫ぶ。頭をヨシヨシと撫でて、ドアを開けた。

「さっくんなんて、大嫌いだ!」

 そう言い残して、寝室に駆け出す。

 さとしは、靴べらで靴を履いて、ジャケットをバサっと整えた。

「ごめんな、さとしくん。」

「いいっすよ。言われ慣れてるから。洸の愛情表現なんですよね、きっと。またお店に手伝いに来てって言っといてください。んじゃ、お幸せにね、お2人さん。」

 手をぱたぱたと振ると、紗栄はペコっと会釈して、家を出た。

 裕樹と花鈴は2人を見送った。


 今夜は今までの家族の時間を補うように、いつも子どもたちとバラバラで寝る
のを川の字になってならび、4人ぺったりくっついて、眠りについた。


 洸は裕樹と花鈴の腕を離さないとベッタリとくっついて寝ていた。

 深月は起きているのが限界でいびきをかいて、熟睡していた。



 もう離れたくない。離したくない。

 

 この家族みんなで一緒にいる感覚を忘れないように、しっかりと手を繋いで目を閉じた。


 
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