月と太陽

作戦会議はどこがいいか

かなり、眠れず時間を過ごして複雑な夜が明けた。朝だと言うのに外は真っ暗。身体の芯から冷える朝だった。息を吐くと真っ白になる。気分転換に窓を開けた。近所の犬が吠えて、スズメが鳴いてる。ふと、下を見下ろすとダウンジャケットをフードも一緒に羽織った人がいた。大越さとしだった。寒空の中、パジャマ姿で、紗栄は玄関に急いだ。もこもこジャケットを羽織ってそとにでた。
「おはよう。」
「ごめん、朝早くに。ちょっと昨日のことで気になって……。」
「あぁ、うん。少し待ってもらえる?」
 紗栄は急いで制服に着替え、すぐにでも学校に行ける格好にした。いつも以上に早くに出ることになる。母は放心状態で仕事どころではなく、ふとんから出ようともしない。花鈴も明け方まで眠れなかった。まだ、部屋から出ても来なかった。父は夜勤明けだがまだ帰ってこない。二人を家に残して、紗栄は外に出た。足元はもこもこあったかルーズソックスにダッフルコート、皮でできた茶色の手袋、いつかの貰った紺色のマフラーを首に巻きつけた。
「ごめん、お待たせ。朝ごはん食べてないからコンビニ寄って良い?」
「ああ、いいよ。そのマフラーまだ使ってたの? 編み直してないの?」
「あのあと、マフラー全部ほどけたから諦めた。来年作り直そうかなと思って…。って今、話すのそれじゃないでしょ。どうすればいいの? あのSNSの誹謗中傷? さとしのことだけはヒーローみたいになってるけど。」
 紗栄とさとしは、最寄駅までゆっくり歩いた。寒空の中、雪がちらほら降り始めていた。自然に一緒に登校するという流れになっていた。いつも通りの生活なら素直に喜べたかもしれない。今は、今後をどうして行くかの方が気になっていた。
「俺は良いんだよ。適当にあしらっておけば、気にしてないし、出る杭は打たれるって言うから言いたいやつには言わせておけって思うんだけど、深刻なのは花鈴のことだよな。まさか、あんなに毒つくようなコメントとか書かれるとは、まさか、花梨自身を恨む人とかいたのか。実際のところ、花鈴がやったわけではないんだろ?」
 腕を組みながら、さとしは話す。坂道をおりて、歩幅を合わせて進んでいく。路面は少し凍っていた。雪は落ちてすぐに溶けて行く。上空はまだ気温が高いようだ。真上を見て手袋をつけた手のひらをうえに向けた。何度も降り続く雪は手袋もなお、溶けて行く。つかみたくてもつかめない。そんな雪だった。
「……やっぱり、コンビニじゃなくて、カフェ行こうかな。」
 ぼんやりと雪を見つめて、つぶやいた。体が寒くて、外でおにぎりを食べる余裕がなかった。
「へぇー、珍しい。優等生が、おサボりですか?」
「たまには、そういう私が見え隠れしても、面白いでしょう。寒いし、積もる話もあることだし……なんだかんだで、君も優等生だけど、サボる勇気はありますか?」
 2人とも優等生気質。用事がないのに学校を休むなんてしたことがなかった。世界的な風邪が流行した時なんて、発熱があるかないか家族が風邪が引いてるか確実な理由じゃないと休めないっていう頑固な性格だった。別に誰もそこまで監視してるわけじゃないんだから多少熱なしで鼻水や咳が出てたら、休むって決めても誰も責めることもしないだろうとも考えてはいたが、なかなか実行することもできなかった。今は何となく、花鈴を醜態に晒している一大事。解決しなければならないと強く思った。
「そ、そうだな。俺も何も理由なしで休んだことはないけども、これは風邪ひいてますで良いかもしれないな。何だか…やったことないことするの緊張するな。とりあえず担任に電話しとくか。親父…はまあいいか。何とかなるだろう。」
 さとしは、かばんからスマホを取り出し、学校に電話をかけた。無料通話になるアプリを使って、電話できるため、料金も気にすることなく、かけられた。無料のありがたさにホッとする。紗栄も同じく、時間差で電話をかけた。風邪理由で欠席すると言ったら、担任の五十嵐は珍しいなあと驚いていた。通話終了ボタンを押した。
 さとしの案内で電車を乗って行ける市内にある個人経営の喫茶店に向かった。そこはさとしの知り合いのお店だった。何だかいけないことをしているみたいで周りの視線が気になった。紗栄は移動中、マフラーを深くつけた。駅に降り立って、喫茶店の入り口でドアを開けた瞬間ベルガラガラと鳴った。
「すいません、まだ準備中です。札上げてなかったですか?……あれ、さとしくん?」
 ドアにはcloseと書かれた札があった。それでも気にせずに入って行った。
「ごめんなさい。優子さん、お店の準備で忙しいところ。喜治兄さんいます?」
「あら、彼女を連れておサボりデートかな? んーでも、ここまで来たってことは何か困りごと?」
 図星に近いが、優子は洞察力があるようだった。黙ってさとしは頷く。紗栄は冷や汗をかく。
「そっか、喜治は、今お店の買い出しに行っているところ。近くの商店街だからすぐ戻ってくるよ。とりあえず、座って待ってたら? 私のスペシャルコーヒー淹れてあげるね。」
 ここの喫茶店は優子と喜治の夫婦で切り盛りしている。喜治は、さとしの従兄であった。行き詰まったときはいつもここに立ち寄っていた。
「彼女は名前なんていうの?」
 優子は、コーヒードリップポットにお湯ををいれて、ミルで挽いたコーヒーをドリッパーにスプーンで3杯いれた。コーヒーの香りがお店に広がった。ジャズの曲が流れている。とても落ち着いた。
 ふと、紗栄は現実に戻った。
「あ、雪村 紗栄です。彼女・・・ではないです。」
(彼女になれたら嬉しいけど、今は花鈴の彼氏だし。)
 顔を赤くして言う。
「え? 紗栄って彼氏いたの?」
 突然、思っても見ない質問された。なんでさとしはそんなことを聞くのだろうと頭に疑問符だった。
「え、いないけど。」
「……あ、そう。」
 急に冷たい態度のさとし。その場のノリで聞いてみたって感じだったのか。首に巻いていたマフラーを外した。ちょっと、その対応に不満だった紗栄。立ち上がって…
「あ、あのさ!」
「んじゃ、俺とつきあってよ。」
 質問をしようと思った矢先にその言葉。意味がわからなかった。
「へ?」
「え? それって愛の告白? さとしくん。私、聞いて良かったのかな?」
 優子さんはにこにこ笑顔でカップに出来立てのコーヒーを注ぎ入れた。湯気がたちのぼる。さらにいいにおいが漂った。紗栄は、顔が固まった。
「え、だって。ちょっと待ってよ。花鈴と付き合ってるんじゃないの?」
「は? 付き合ってないけど・・・。ただのライン友達だけど。」
「うそだ、うそだよ。だって、花鈴そう言ってたよ。この間、うちに来たときだって戯れあってたって。花鈴は遊び?」
 微妙な空気。優子は、2人の前にコーヒーを置いた。一瞬静かになった。
「ち、ちげーし。つきあってないよ! 勘違いだよ。戯れあってたっていうけど、俺はそんなつもりはないのに花鈴が俺のネクタイひっぱったんだよ。そしたら、起き上がるのに服が乱れただけで何もしてないよ。その前に、俺は、告白してないし、告白もされてない。遊ぼうって言われたから、一緒に遊んだだけ。それ以上でもそれ以下でもない。断るのが苦手なだけ。」
 優子と紗栄は冷たい目で見た。うまいように生きている。お人好し。悪く言えばタラシ。その話を聞いて少しさとしを信用できなくなった。呆れ顔。
「さとしって…。」
「なんだよ! 本当だよ。」
「さとしくん。それは、ちょっとないわ。」
 優子と紗栄は同意見だった。さとしの行動には、理由があった。

 大越さとしには、本命がいた。お人好しでタラシに見えるが、これは作戦の一つでもあったのだ。
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