吸血鬼の旦那様は私の血よりも唄がお好みのようです ~婚約破棄されましたが、優しい旦那様に溺愛されながら幸せの唄を紡ぎます~

56 にゃ。素敵な剣士様に助けて頂きました!

 メイが身を隠した荷馬車は国境を越えてシェイド王国側へと渡り、王都を目指していた。相変わらず、馬達は疲れ知らずで休憩をする必要がないらしく御者をしている商会員たちも驚いていた。

「何とか国境を越えた……あとは魔族の国の王都につければどうにかなるはず」

 無計画の割には肝がすわっているというか、メイはアナスタシアに会いたい一心で危ない橋を渡っていた。それほどまでに、アナスタシアの身を案じていたのだ。『吸血鬼』と呼ばれて恐れられている公爵の元で、もしかしたらミューズ家以上に虐げられているのではないかということが心配でならなかったのだ。

「アナ様……どうかご無事でいてくださいっ」

 そんなことを呟きながら荷馬車の奥の木箱に隠れていたメイの耳に、狼のような遠吠えが聞こえてきた。次いで商会員たちから悲鳴があがる。

「ま、魔獣だっ!」

「ほらみろ、だからこんな貧乏くじ引きたくなかったんだ! 早く馬を荷馬車から切り離すぞ!」

「わ、わかった」

 メイは木箱の中に入っているのですぐに反応することが出来なかった。商会員たちは一目さんに国境の方へと逃げ去ってしまったようだ。残された荷馬車の周りに低い獣の息遣いが聞こえていた。

「ど、どうしよう……魔獣だなんて……これじゃ外にも出られない」

 荷馬車に体当たりをしているのか、大きな衝撃が響き渡る。メイは恐怖で木箱の中で縮こまりながら瞳に涙を浮かばせていた。

「ああ、ここで魔獣たちに食べられちゃったらアナ様に会えない……」

 諦めかけたその時、遠くから幾つもの馬の足音が聞こえてきた。

「にゃ……?」

「各自、伏兵に気を付けながら散開して対応に当たってくれ!」

 一際爽やかな声が荷馬車の近くまでやってきたと思うと恐らく部下と思われる者達に指示をする。剣を振るう音と共に魔獣の泣き声が響き渡る。しばらくすると先ほどまで荷馬車を囲んでいた魔獣の気配がなくなる。

「リュミエール王国からの荷馬車か……一応国境に確認してくれ」

 爽やかな声の主が荷馬車の中に入ってきたようだ。メイは恐る恐る木箱の蓋をそっと上げて外の様子を覗くときょとんとした瞳と目があった。

「にゃ……?!」
「……驚いたな。まさか荷物の中に人がいるなんて」

 声の主は茶色を帯びた赤の髪、そして金色の瞳を携えた青年だった。良く見ると耳は尖っており、瞳孔も細い。魔族の基本的な外見で間違いなかった。剣士風の装いが見て取れる。

「え、えっと……」

「大丈夫だから、そこから出てきてくれ」

 笑みを浮かべながら青年は蓋と木箱の間から顔を覗かせていたメイに手を伸ばす。蓋を木箱の横に置くとメイは全身を現した。ドレスは箱の中に身を隠していたせいでシワが寄っていてクシャクシャになっていた。差し出された手をとると、荷台の奥から明るい外に引いて行かれた。

「あれ……? キミ……」

 青年が陽の光に照らされたメイの顔を見て刹那、間をあけて呟いた。もちろんメイには魔族の知り合いなどいない。

「はい?」

 周りには数人の兵士風の者達が馬に跨ってこちらを見ていた。その者達も荷馬車から淑女が出てきたことに驚いていた。

「リチャード様……いかがなさいますか?」

 その言葉を受けて少し考える素振りをしたリチャードと呼ばれる青年は兵士達に指示を出した。

「国境での確認がとれた後、荷馬車は商会の者に返してくれ。あと、荷馬車の中の積荷の確認も。中に人がいたことは内緒にしておいてくれると助かる。この人間族の娘はボクに任せてくれ。ライナー達にもちゃんと報告はするから」

「わかりました。ではリチャード様はその方をつれて先に王都にお戻りになってください。後の仕事の処理は我々がしておきますので」

「ありがとう、助かるよ」

 部下と思われる者たちからリチャードと呼ばれている青年への信頼が厚いのが会話の中から感じられた。突然現れたメイに対しての対応もとても迅速だった。とんとん拍子に話がまとまった様だ。

「降りられるかい?」

 優しい笑みを浮かべながらリチャードはメイに手を伸ばす。

「は、はい」

 きょとんとしながらも、リチャードに差し出された手を掴み荷馬車からメイは降りた。思い切り飛び降りた拍子に倒れそうになるが、そんなメイをリチャードは軽やかに受け止めてくれた。

「大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です……っ」

 受け止められた時、抱き寄せられたこともあってメイの心臓はドキドキが止まらなかった。耳元が赤くなっていたが、当のリチャードはそこには気づいていないようで言葉を口にする。

「名前を教えてもらってもいいかな?」

「あ、ご紹介が遅れてしまって申し訳ありません。私、メイ・クーデリアと申します」

 子爵令嬢でもあるメイも綺麗なカーテシーを披露しながら自己紹介をする。その所作からただの町娘ではないことがリチャードにはわかったようだ。

「そうか、ではメイ。キミへの処罰に関してはボクに一任されている。何かの間違いで荷物に紛れてしまったのなら、そのことを不問にしてキミをリュミエール王国に送り返すことも出来るけど……」

「いえ、出来ればシェイド王国の王都に連れていって欲しいです!」

「でも……キミは人間族だろう? 王都に行ったとしてアテはあるのかい?」

「人を探しているんです。 ……私どうしてもその方にお会いしたくって」

 並々ならない必死さを見せるメイを見て、リチャードも真摯に対応してくれた。

「その人の名前を聞いてもいいだろうか?」

 恐る恐るメイは訪ね人の名前を口にする。

「アナスタシア・ミューズ公爵令嬢様です……魔族のオースティン公爵様の所に嫁いだと聞いています」

「やっぱり……」

 メイから語られた人物の名前を聞いたリチャードは顎のあたりに手を添えながら呟いた。どうやら心当たりがあるような素振りだった。

「え?」

「あ、いやこちらの話だよ。気にしなくていい。そうか、それならメイは王都に来たほうがいいかもしれないね」

「あの……お話が見えないのですけれど……」

「説明は王都に向かいながらするよ。さあ、乗って」

 相変わらず爽やかな笑顔と所作でリチャードはメイを自分の乗って来た馬に乗せる。その後、自分も跨り馬を走らせた。王都までの道のりで自分がアナスタシアと知り合いだということをメイに説明してくれた。メイは瞳をキラキラさせながら、同時に瞳を潤ませていた。

「そのお話、本当ですか!?」

「ああ、嘘はつかないよ。先日、ある場所で会った所だからね」

「そうだったんですね……はぁ……」

 リチャードの話を聞いて安心したのか、急にこれまでの旅の疲れがどっと出たようでメイは軽く眩暈を起こしていた。リチャードもそれに気づいたようで、声を掛ける。

「あと少し我慢してくれ。ボクの贔屓にしている宿が王都にあるんだ。まずはそこにいって疲れを取った方がいい」

「ありがとうございます……リチャード様」

「リチャードで構わないよ」

 疲れでかすむ目を何度か手でこすりながら、メイは返事をする。もう少しでアナスタシアに会えると思うと喜びで胸がいっぱいになるのだった。
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