吸血鬼の旦那様は私の血よりも唄がお好みのようです ~婚約破棄されましたが、優しい旦那様に溺愛されながら幸せの唄を紡ぎます~

98 反撃の狼煙が上がります

 グリフからラスター公爵の書類を渡されたアナスタシアはメイと共に本邸へと戻った。アーヴェントとリチャードは今後についての打ち合わせを続けていた所だった。

「アーヴェント様、只今戻りました」

「お帰り、アナスタシア」

 柔らかい笑顔と深紅の両の瞳が優しく迎えてくれた。アナスタシアは両手で強く握りしめていた書類をアーヴェントに手渡す。

「アーヴェント様、これを」

「グリフからの書類か? いや最近は仕事の予定は入れていないはずだが……?」

 頭を傾けながら、アーヴェントはアナスタシアから書類を受け取る。内容を確認していくと、次第にアーヴェントの顔つきが変わっていく。そこに書いている内容がどんな意味を持つのかすぐに把握出来たようだ。

「これは……!」

「どうかしたのかい、アーヴェント」

 向かい側に座っていたリチャードが顔を覗かせた。アーヴェントはその書類をリチャードに見せる。彼もまたその書類に目を通すと顔色が変わる。

「これは……まさか」

 驚きを隠せない二人はアナスタシアの方に目を向ける。彼女は静かに頷く。

「はい。アーヴェント様達が探していた私の父であるラスター公爵が調べ上げた叔父であるレイヴンの行ってきた不正の証拠と関係者のリストです」

「はにゃ!?」

 三人の様子を見守っていたメイも、アナスタシアがグリフの部屋から出てきた時から大事そうに胸に抱いていた書類の内容を耳にすると驚きの声を上げた。

「アナスタシア、どういうことか説明してもらえるだろうか」

「はい、アーヴェント様」

 アナスタシアはアーヴェント達にグリフから聞いた話の内容を説明した。アーヴェントは口元に手を当てながら呟く。

「そうか……今までの不可解な出来事はグリフのアナスタシアへの試練だったということか。そしてラスター公爵のこの書類をずっと保管していてくれていたんだな。俺も初耳だ……」

「アーヴェント様、どうかグリフを叱らないであげてください」

 アナスタシアはグリフが試練という名目で自分へ行った様々なこと、ラスター公爵の書類をずっと隠し持っていたことについて叱責があると考えて心配そうな表情を浮かべていた。だが、アーヴェントはアナスタシアの頭をそっと撫でる。

「アナスタシア、心配しなくても大丈夫だ。俺はグリフを叱ったりしないさ。むしろ礼を言いたいくらいだよ」

 彼女は胸を撫でおろした。

(良かった……グリフにお咎めはないのね)

 その様子を見たアーヴェントは微笑む。一番気を悪くしてもおかしくない、彼女がグリフのことを一番案じているのに自分がとやかく言う必要はないと感じていたからだ。

「アナスタシアもよく、グリフからの試練を乗り越えてくれたな。礼を言う」

「ボクからもお礼を言わせて欲しい。ありがとう、アナスタシア」

 アーヴェント、そしてリチャードがアナスタシアに向かって礼をしてみせる。彼女は手振りをしながらかしこまる。

「私はただ自分のすべきことをして、考えたことを口にしただけですから……」

 その言葉を聞いたアーヴェントは静かに首を横に振る。

「それが出来るということがとても素晴らしいことなんだ。アナスタシア」

 リチャードも頷いた後、口を開いた。

「アーヴェント、この書類を預かってもいいかな」

 アーヴェントはアナスタシアの方を向き、書類についての確認を取る。

「アナスタシアはそれでいいか?」

「はい。もちろんです」

 了承を得たアーヴェントが真剣な面持ちでリチャードに声を掛けた。

「リチャード。そちらの首尾は任せていいか?」

「ああ。ボクは一旦シェイド城へと向かってそちらの用を済ませる。後から追いかけるよ」

 二人は頷き合う。

(追いかける……とはどういうことかしら?)

 アナスタシアと同じようにメイもその言葉が気になっている様子だ。振り返ったアーヴェントが説明をしてくれた。

「全ての証拠が揃った今、レイヴン達に猶予を与えるわけにはいかない。然るべき、処罰を奴らに下す為にシリウス陛下の元にはせ参じるということだ。アナスタシア、お前も一緒に来て欲しい」

(それでアーヴェント様とリチャードは打ち合わせをしていたのね。お父様やお母様の件、そして叔父様が行ってきた不正を正すため……これはミューズ家に関わること。私も全てを見届ける義務がある)

「わかりました。是非、ご一緒させてください」

「ならすぐに支度をしよう。メイ、手伝ってやってくれ」

 メイも話の内容を何とか把握したようで、いつも通り明るい表情を浮かべていた。ぽんっと胸の辺りに右手を添える。

「お任せください、旦那様っ」

 頃合いを図っていたようで、部屋にゾルンとラストが入室してきた。息ぴったりである。

「ゾルン、話は決まった。これからリュミエール王国へ向かう」

「かしこまりました。フェオルに馬車の準備をさせておきます」

 ゾルンは一礼すると先に部屋から出て行く。次にアーヴェントはラストに指示を出す。屋敷に残る使用人達のことについてだ。

「ラストは屋敷に残り、暇を出していた使用人達が戻ってきたら統制をとってくれ。一応グラトンにも屋敷の警戒を頼んでおいてくれ」

「かしこまりましたわ。どうぞ、ご存分にやってきてくださいませ」

 艶やかな笑顔を浮かべたラストも一礼すると部屋を出て行く。その直前こちらを見ていたアナスタシアと目が合うと頑張ってくださいませ、と小声で応援してくれた。

(ゾルンもラストもありがとう……)

 するとリチャードもシェイド城へ戻るために立ち上がり、アナスタシアの方を見つめる。何やら神妙な面持ちをしていた。それに気づいた彼女が尋ねる。

「リチャード、どうかしたの?」

「今のうちに本当のことをアナスタシアに話しておこうと思ってね」

「本当のこと……?」

 リチャードがその場で『ある仕草』をしてみせる。そしてその後、『あること』を告げる。するとアナスタシアの表情が変わり、瞳には涙が浮かんでいた。驚きの余り、口元に両手を当てている。

「……そうだったのね。でも、また会えて嬉しいわ」

 相手は少しはにかみながら笑ってみせる。そして一礼すると部屋から出て行った。メイは目の前で起きたことへの驚きで固まっていた。それを見て、アナスタシアが微笑む。

「メイ、しっかりしてね」

「だ、だってアナ様……メイは開いた口が塞がりませんよぉ」

 メイは胸に手を当てながら呼吸を整える。もう心配ないと思ったアナスタシアはアーヴェントの方に振り返る。

「アーヴェント様達はご存知だったのですね」

「ああ。時が来たら告げるつもりだったが隠していて悪かった」

 その言葉にアナスタシアは首を左右に振ってみせる。

「いいんです。きっと今がその時だったということですものね。では私達も参りましょうか」

「ああ、そうだな」

 こうしてアナスタシアはアーヴェントと共にレイヴン達の悪行を裁くためにリュミエール王国へと向かう準備を始めるのだった。
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