その甘さに、くらくら。
 でも、俺と同じ体質で、その時非常に飢えていて、なんでもいいから血液が欲しかったのだとしたら。衝動で盗ってしまうのも頷けてしまった。誰かを無闇に噛めば、後々面倒なことになるから。もしそうだったとしても、理解はできるが、許容はできなかった。

 疑るように、クラスメートを睨め回す。俺の視線に気づく人はいない。俺を一切意識しないということは、俺に対してやましいことなどないということだ。

 俯く。息を吐く。首を振る。馬鹿げている。被害妄想もいいところだ。周りを見てみれば分かる。誰も俺に興味などない。血液を奪う理由などない。俺は隠しているのだから。必死に。人間でありながら、人間ではないことは、ずっと隠している。誰にも話していない。気づかれていない。

 ただ、一人を除いて。

 下げていた顔を上げる。視線をある人物の方へ向ける。意識して見ないように、目に入らないようにしていた人物。一年、二年と同じクラスにならずに済んで安心していたのに、三年になって運悪く同じ教室で過ごすことになってしまった人物。

 五月女(さつきめ)

 心の中で呟くと、まるでその声が聞こえたかのように、自席で適当に昼食を摂っている五月女の目がこちらを向いた。ばちり、と視線が交錯し、しばらく声も音もなく見つめ合って、否、睨み合うように喧嘩して、すぐに顔を逸らす。先に逸らしたのは五月女の方だった。

 五月女の鋭く冷たい眼差しと、その何気ない仕草を見て確信する。血液の入ったパックをどこにも落としていないのなら、他に考えられることは一つしかない。五月女だ。五月女が、何かしたのだ。俺がいない間に。教室に誰もいない間に。
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