『執愛婚』~クリーミー系ワンコな部下がアブナイ男に豹変しました


「では、来週火曜日に正式な契約書をお持ち致します」
「楽しみにお待ちしてます」
「本日はお忙しい中、有難うございました」
「失礼致します」

八神くんと深々お辞儀し、会議室を後にする。
二カ月にも及ぶ商談を勝ち取り、仮契約を結ぶことができた。

「はぁぁぁ~~ぁ」

取引先の社屋を後にし、漸く肩の力が抜ける。

「お疲れ様でした」
「八神くんも、お疲れ様」
「先輩、凄くカッコよかったです」

身長百八十センチ以上はあろうかという長身の彼。
すらりとしたモデル体型でふわっとした少し癖のある髪に、アイドルのような美形幼顔で、笑顔がかわいい癒し系。
“先輩、先輩”と人懐っこくて、性格も明るく素直な子。

親の仕事の関係で、海外の大学を出たのだとか。
仕事熱心で処理能力も高い、隠れハイスぺ予備軍だ。

腕時計に視線を落とすと、十七時二十分。
このまま仕事を上がるのもいい時間。

駅へと向かいながら、高揚感に浸っていると。

「先輩、お祝いにご飯でもどうですか?」
「へ?」
「たまには、奢らせて下さい」
「………」
「ね?」

“ね?”と言われても、今日はこれから……。

「ごめんね、今日はちょっと。…先約があるの」
「先約?……彼氏ですか?」
「……彼氏はいないよ、知ってるでしょ?」

ちょうど一年前、二年交際した恋人に振られた。
結婚式を一週間後に控え、幸せ絶頂だったのにもかかわらず、彼は私の前から立ち去った。

年度末の人事異動の時期に合わせ退社する予定だった私は、十二月という繁忙期に職場を離れることができなかった。
それが、こんなにも痛みを伴うとも知らずに…。

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