可哀想な皇太子殿下と没落ヒヒンソウ聖女は血の刻印で結ばれる
2ヶ月後 インソルドを発つ前日




「ルル、これを。」



いくらか整った私の家まで来たドン爺が、新しいナイフと太ももに巻くバンドを渡しに来てくれた。



「ありがとう!!
太ももに巻くバンド、いつもみたいに簡易的なやつじゃないね!!」



「王宮の中でナイフが落ちたら面倒なことになるかもしれないからな。
この村の外の女は剣やナイフを持たないらしいから。」



「うん、そうだね。」



ドン爺から受け取ったナイフとバンドを見下ろしながら小さく笑った。
明日、私は王宮へと行く。
インソルドのルルとしての人生は今日で終わる。



「ルルがこの村に来た日のことを、俺はよ~く覚えている。」



ドン爺が私の頭を優しく撫でながら言った。



「まだ小さな子どもが血塗れになっていて、血塗れで泣き続ける赤子を大事に大事に抱き締めながら真っ直ぐと歩いていた。
月の出ていない夜だったはずなのに、“死の森”からその子どもが現れた瞬間、月の光りがその子どもを照らした。
その子どもは月の光りでキラキラと輝いて見えたよ。
ボヤけた使い物にならなくなったはずの俺の目でも何故かそれがハッキリと見えた。」



「私の髪の色は真っ白だったからね。
それが光ってたんだと思う。」



真っ白ではなくなった私の髪の毛を、ドン爺が優しく優しく撫でてくれる。
若い頃、魔獣にやられて両目の視力がほとんどないドン爺。
それからは武具職人として手と耳の感覚だけでインソルドとインラドルと武具を作ってくれていた。



「男の俺が言うのもアレだが、“月のモノ”がまた始まってよかったな。
王宮で強い子どもを生むんだぞ?」



「うん・・・。」



「あのままルルに“月のモノ”が来なかったら、俺が死ぬ前に求婚してやるつもりだったのにな。」



「なにそれ、嬉しい。」



ナイフとバンドから顔を上げ、ドン爺の顔を見た。
男というよりは“爺さん”になっているドン爺を。
昔よりももっともっと爺さんになってしまったドン爺。
結婚する前に両目をやられ、誰とも結婚することがなかったドン爺。



「結婚する相手はソソじゃないらしいな。」



「うん、第3皇子のステル皇太子殿下っていう男。
第2騎士団の団長でもある男。」



「ああ、何でか聞いたことがあるな。」



「魔獣の大群が押し寄せた時にアデルの砦で話題になってたらしい男。
あの後にアデルの砦の騎士が砦の報告に来て、その男のことを話してたよね。」



「ああ、じゃあ強い男なのか。」



「普段王宮にいる騎士だよ?
そんなに強いわけないでしょ。」



「そうか、相手がソソだったらよかったのにな。」



ドン爺が私の頭の上に手をのせたまま言ってきて、その手で私の反応を見ているのだと分かる。
分かるけれど、私は我慢せずに頷いた。



「でも、ソソは迎えに来てくれなかったから・・・。
“月のモノ”が始まる数日前だったけど、私が聖女になったって・・・。
聖女になった私のことを迎えに来てってエリーに伝えるように頼んだけど、ソソは迎えに来てくれなかった・・・。
王宮に行った私に会いに来てくれることもなかった・・・。」



「あの時、ソソはまだ10歳だったしな。
でも、あの時のソソは本気だったと思うぞ?
チチと話していたソソの声は本気の声をしていた。
俺の耳で聞いたから間違いない。」



ドン爺がそう言ってくれ、それには自然と笑いながら頷いた。



そしたら、ドン爺が・・・



ドン爺が渡してきた・・・。



花を・・・



ヒヒンソウの花を私に渡してきた・・・。



「ソソから渡されたこの花、王宮に向かった日に湖のほとりに捨てただろ?
ポポが見てて拾って帰って来た。」
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