婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜
「それにしても、よく分かったな。素晴らしい洞察力だ」
「それはどうも。とある人から常に観察を怠らないようにと教わったんだ。……多分、ここに来る前はこんなわざ出来なかったと思う」
わたしはスカイヨン伯爵から多くの間諜の心得を教わった。それは淑女教育とは全く異なるもので、未知の知識に胸が踊ると同時に……ちょっと恐怖心を覚えた。
アングラレス王国にいた頃は、幼い頃から未来の王妃になるために教育をされてきて、それが絶対で、違う道は許されなくて、わたしの世界の全てだった。
でも……世界はそれだけじゃなかったのね。
「どうした?」気が付くと、レイがわたしの顔を覗き込んでいた。「また悩みかい?」
「……君は、なぜ鉱山なんかに?」
話題を逸らそうと、わたしはずっと彼に聞きたかったことを尋ねた。
「僕? そうだな、父上が貴族以外の世界も見て来いって言ってね。ただの道楽だよ」
「そうか……令息は自由でいいな」と、わたしは蚊の鳴くような声で呟いた。
「え?」
「なんでもない。もう帰る」
わたしは彼の顔を見ずに脇を抜ける。
「あぁ、それだけど、僕も手伝うよ」
「えっ」
思わず急ぐ脚をピタリと止めた。
彼はすすっとわたしに近寄って、
「だから、地図作り」
ニッと笑ってみせた。