溶けた恋

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トー横界隈。

新宿区歌舞伎町のTOHOシネマズ脇道や、シネマシティ広場周辺のエリア、ないし、そこにたむろする若者の総称だ。

主に家庭や学校で問題を抱え、本来、くつろげるはずの家等に居場所を失ってしまった未成年が集まる無法地帯。
心に闇を抱えた若者達にとって、心の闇を共有できる相手と、楽しく時間を過ごすことができる、憩いの場所でもある。

近年、規制が強化され多少は落ち着いたものの、麻薬の売買に利用される未成年者が居たり、売春、暴力沙汰の事件が勃発するなど、犯罪の温床となっているのも事実だ。

うだるように暑い日が少なくなり、夕方には肩を冷たくさする風が吹き抜ける頃、地雷系ファッションに身を包んだ冬子は、「仲間」と一緒にTikTokの撮影に勤しんでいた。
歌舞伎町のネオン街をバッグに「量産型ちゃんの味方」の曲で、顔が映らないようにうつむきながら、自らを表現する。

何を伝えたいかは分からないけれど、胸に秘めた爆発しそうな思いをみんなに届けるのだ。

みんな、私はここで生きてるよ?毎日辛いことがいっぱいだけど、トー横広場に来ると笑顔になれるんだよ。
同じような思いを抱えた人に届きますように。。

ちょっと離れたところでは、他のキッズ達が警察と乱闘を繰り広げている。

ゴミは散乱し無法地帯だが、そんなの誰もお構いないだし、警察も全然怖くない。
数でも力でも勝てるしね。


ここに来ると、家や学校で散々虐げられてきたキッズ達にパワーと自由がみなぎってくるのだ。


撮影を終え、仲間のリンネからアイスボックスを「ハイ」と差し出され、その中にストロングゼロ缶とレッドブル缶を無造作にどばどばと流し込む。

炭酸が溢れてこぼれてきたが、ここはトー横広場。そんなのはどうでもいい。

2人で顔を見合わせキャッキャッと笑いながら、カチンとアイスボックスを鳴らすと、競うように一気に飲み干した。

嫌なことは記憶とともに少しずつ薄れていって、冬子とリンネは幸せな気持ちに浸りながら、どうでもいい話に花を咲かせた。


リンネとはTwitterで出会った。2歳年上の、18歳。冬子と同じように、家族への不満を抱えてトー横界隈にたどり着いた。トー横歴は既に1年ほどで、高校は単位が足りなく退学はほぼほぼ確定している。

既に仕事の目星はつけているようで、ホストの彼氏もおり、トー横界隈、ないし歌舞伎町で生きていく地盤は安定している方だといえる。

冬子と同様厳格な家庭で育ったが、兄がいじめの加害者となり主犯格として暴行事件を起こし、被害者が自殺したあたりから、家に居ることが辛くなったと、リンネは話す。
「ま、もともと兄の事は嫌いだったんだけどね。母親も、父親も、みんな兄の味方だ。私はただ単に下の兄弟がほしいから作られただけの、兄のおもちゃなんだ!」

ストロング缶とレッドブルを同時に飲み干すと、リンネはニヤリと微笑んだ。



冬子がトー横にたどり着いたのはつい一ヶ月ほど前のことだった。

試験がうまく行ってからというもの、頻繁にナイフ片手に部屋にやってくる智子。絵面は狂気でしかないが、肝心の智子は、その自覚がまるでない。

「愛する我が子の将来のために尽くす優しい母親」である自分に酔っているのがすぐに分かった。

お馴染みのハーブティーは毎回マイナーチェンジしてたりしていた。たまに花が入った飲み物も出たりしたが、味は大体似たようなものなので、意味が分からなかった。

冬子も、智子が人なんて刺せる度胸がない事くらいは分かっていたが、問題はそこではない。

冬子という人間は、母親の描く理想の「理想の娘」としてしか価値が無い。

智子が冬子に対し、「大切な娘」とよく口にする割には、簡単に刃物を向けてくることに酷く矛盾を感じた。

私って、、、何なんだろう?

自分がこの家に生きている事に疑問すら抱くようになってきた。

今までも、私がママの思いとは異なる意向を示した場合、必ずそれをやんわり批判した上で、自分の意向に添うようにコントロールされてきた。

でも、それでも良かった。ママが優しくて、たまに認めて貰えれば、十分だった。

でももう、無理。刃物で私を脅して、私を利用して自分の評判を上げようとしたり、優越感に浸ったり。

あなたのロボットになる気はない、自分の意志を持ってしまった哀れな娘は、この家から消えればいいよね?


ママの買ったダサいワンピースを脱ぎ捨てて、初めて地雷系に身を包んだ時、初めて「私の人生」を感じた。絶対に反対されていた短いスカートからすらりと伸びた脚に「おんな」を感じた。
うさ耳の飾りが付いた黒いパーカーは、ラフな雰囲気で私を応援してくれる「心の友」になった。

Twitterに上げた自撮りにはそこそこ「いいね」が付き、ますます気分は高揚した。


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