貴公子アドニスの結婚
ニケはこの行為が嫌だったと言った。
ずっと、我慢していたと。
ニケは、ずっとアドニスを嫌っていたのだろうか。
胸がズンッと痛くなって、気付くと頬に生温かいものが伝っていた。

「…旦那様…」
ニケが呆然とアドニスを見上げた。
「ニケ…」
アドニスはニケの前に跪いた。
今度はニケの方が見下ろす形になる。

「…しばらくそなたに触れるのは我慢する。もちろん、他で発散するようなこともしない。私は、そなた以外の女は嫌なんだ…」
「旦那様…」
ニケは困ったような顔をした。
その目は、アドニスを憐れんでいるようにも見える。

「旦那様。夫が妻を求める時、子を成す以外に何があるとお思いですか?」
ニケの質問は振り出しに戻った。
最初にそれを聞かれた時、愚かなアドニスは夫婦の当然の営みだと答えたのだ。
ニケの我慢の上に成り立っていたとも知らずに。
『痛かった』とか『気持ちよくなかった』とか、正直屈辱的な言葉ではあるが、ではもし、それがクリアされればニケはまたアドニスの要求に応えてくれるのだろうか。
では…、夫が妻を求めるのは夫婦で気持ちよくなるためか?
考えあぐねているアドニスを見て、ニケはため息をついた。

「旦那様、あの行為は、本来愛し合う者同士の行為であるべきです。愛があるから触れ合いたいと思い、愛があるから、子を成したいと思うのです。愛がなければ、それはただの動物的肉欲だと、私は思います」
「……愛……?」
「ええ、愛です」
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