貴公子アドニスの結婚
「今日は忙しいのかい?仕事が終わるの待ってるから、デートしようよ」
子どもたちが成長した今、アドニスはニケと二人で会いたいと言う。
ニケが応えるのは五回に一回もないほどだが、それでも懲りずに誘ってくるのだ。
「申し訳ありませんが、今夜は先約がありますわ」
「先約って…。まさか、デートじゃないよね?」
情け無い顔でたずねるアドニスに、ニケは黙って笑みを返す。
美しく魅力的な女社長は社交界でも経済界でも人気者だ。
仕事上の付き合いかプライベートかわからないが、イケメン紳士とのツーショットの目撃情報も多々ある。
それに、副社長を務める彼女の乳兄妹とは非常に仲が良く、公私共にパートナーなのではないかと噂されているくらいだ。
そんな噂や目撃談を耳にするたび、アドニスの心は千々に乱れる。

「そんなことより、公爵様こそ婚活の方は順調ですの?」
「また意地悪言って…。私が結婚したいのは製本屋の女社長だけだよ。ずっと、そう言ってるだろう?」
再び独身貴族となったアドニスの元には、縁談が殺到している。
例の、仲人好きな伯爵夫人が、山のような釣り書きを持ってくるのだ。
実際周囲に押し切られて何度か見合いはしたようだが、結局婚約までこぎつけたものはなかった。
そして今、公爵家の運営と領地経営に精を出しているアドニスに、女性の影は全くない。
元々女性関係には潔癖だったアドニスではあるが、離縁してからもずっと彼の心はニケに囚われたままなのだ。
今の彼は、あの無関心な日々はなんだったのかと思うほどニケの近況を知りたがる。
そして。
彼は離縁の数年後から、毎年離縁記念日にプロポーズをする。
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