花婿が差し替えられました
「クロード様、閨教育はお受けになってらっしゃいますか?」
「ね…⁈そ、それはもちろん、」
「では、大丈夫ですね」
何が大丈夫なのか知らないが、アリスはにっこり笑うとさらにクロードとの距離を詰めてきた。
「結婚したからには、後継者をもうけるのが私の義務ですもの。どうぞクロード様も協力してくださいませ」
色気もムードも何もない誘い文句だが仕方がない。
アリスはそんな芸当は持ち合わせていない。

「な…!恥ずかしげもなくなんてことを!貴女は淑女だろう?」
クロードは握られた手を振り払い、勢いよく立ち上がった。
そして、まるで睨むかのような目でアリスを見下ろした。
いや、アリスだって本当はとんでもなく恥ずかしいし、正直言えば怖い。
だがそれを悟られれば、生真面目なクロードは遠慮して出て行ってしまうだろう。
ここは、年上の女性らしく余裕ある態度を見せるのがいいと思ったのだ。

アリスの言動は、さらに斜め上を行く。
「寝室に入ったら淑女も娼婦も関係ありませんわ。私の容姿が気に入らなくてその気になれないなら、部屋を真っ暗にいたしましょうか?」
アリスはそう言いながら再びクロードの手に触れようとする。
どこまでも残念な思考回路だ。
だがクロードは、再びその手を振り払った。
「触るな痴女が!やはり貴女が欲しかったのはコラール侯爵家との繋がりとその子種だけか。結局…、兄だろうと俺だろうと種馬でしかなかったのだな⁈」
「…え?」
痴女と言われてアリスは目を丸くした。
(痴女⁈私が⁈未だ男性とキスもしたこともない私が⁈)
ナルシスとだって、何度かお茶を飲んで、何度か一緒に夜会に参加しただけ。エスコートされて手を繋いだりダンスを踊ったくらいだ。
その自分を痴女とは、言いがかりも甚だしい。
アリスはキッとクロードを見上げた。
なんて失礼で、なんて面倒臭い男なのだろう。

「興醒めですわ。ここに来てくれたからにはクロード様もお覚悟を決めていらしてくれたのかと思っておりましたのに。でも私の買い被りでしたのね」
それを聞いたクロードは顔を真っ赤にして、握った拳を震わせた。
「あ、貴女は先刻前まで兄の婚約者だったのではないか!いくら初夜だからって、兄のお下がりなど抱けるか!」
「……っ⁈」

部屋の中が、水を打ったように静かになった。
クロードは言ってしまってからハッと自分の口に手のひらを当てたが、出てしまった言葉はもう引っ込みがつかない。
呆然とアリスを見下ろせば、彼女は俯いて先ほどクロードに振り払われた自分の手を見つめていた。

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