一人ぼっちの魔女は三日月の夜に運命の騎士と出逢う

6.再会〜上弦の月〜

「君に頼みがあるんだ」

 真剣な夕日色の瞳に見つめられ、ルナの鼓動は早くなる。テネを探せば、姿が見えない。

(あいつ、隠れたか……)

 こころの中で舌打ちをしつつ、心臓がうるさい。

「手を……」
「君が逃げないと言うなら離す」
「わ、わかったわ! 逃げないから!」

 身軽なルナも、騎士の腕力には敵わない。逃げない意志を必死に伝えれば、やっとエルヴィンから解放された。

「それで、私に頼みというのは……」

 まだドキドキする鼓動を抑えながら、ルナは努めて冷静に話す。

「君の薬を警備隊に卸して欲しい」
「魔女の薬だと言われている物をですか?」
「人々が勝手に言っているだけだろう。そんなものは存在しない。君だって人の命を救う薬師なのに誤解されるのは嫌だろう?」

 少しいたずら気味に言ったのに、エルヴィンは真剣な瞳を崩さず答えた。

(この人、すっごい真面目な人なんだなあ。仲間想いなのに、この固さが誤解されやすいんだろうな)

 この前の出会いではルナを怪しい女だと捕らえようとさえしていたのに、あの薬のおかげで薬師の信頼を勝ち取ったらしい。どこまでも真面目で、素直な人だ。

「あの薬は本当に必要な人にお渡ししているんです。国に卸す気は無いです」
「なぜだ?!」

 にっこりと断りを入れた所で、ルナはエルヴィンに肩を掴まれ、迫られる。

「すみません、あの薬は沢山は作れないんです」

 困ったようにルナが微笑んで見せれば、エルヴィンは「すまない」と言って肩から手を退けてくれた。

「あれだけ凄い薬なのだから、そう、だよな……」
「あの、警備隊なら薬は沢山所有しているはずですよね? どうしてあの薬にこだわるのですか?」

 がっくりと肩を下げるエルヴィンが少し可愛く見えて、ルナはつい話を掘り下げてしまう。

「警備隊が魔物討伐をしていることは?」
「存じております」
「実は、最近魔物の出没が多発している。しかも厄介なことに、力も増している」
「え……」

 エルヴィンの話に、ルナは身震いする。

「すまない、怖がらせたな……。この街は俺たちが必ず守るから」

(この人は、自分の使命にこんなにも真剣で真面目に……)

 警備隊が街や国を最前線で守っているのはルナも知っていた。しかし、こうして直接言葉を聞くことで、ルナは感動や親近感を覚えた。

「あの、少しですが、これならあげられます」

 ルナは手持ちの薬を何個かエルヴィンの前に差し出す。

 色とりどりの紙に包まれた薬は見た目が飴のようだ。ルナの趣味でカラフルな紙が使われている。

「良いのか……?」

 薬を差し出されたエルヴィンは、驚きで目を瞬かせている。

「欲しかったのでは?」

 その姿にくすりと笑いながらも、ルナはエルヴィンの手に薬を持たせる。

「貴重な物なのに……いや、ありがたくもらおう。ありがとう。いざという時のために使わせてもらう」

 真剣な夕日色の瞳が、ふっ、と緩む。

 ドキン、とルナの胸が大きな音を立てて、動けなくなる。

「君、名前は?」
「……ルナ」
「ルナ嬢、こんな人気のない所で君はいつも何をしている?」
「それ……は……」

 いつもなら適当にかわせるはずの言葉が出てこない。ドキドキが収まらず言い淀んでいると、先にエルヴィンが不敵な笑みで言った。

「君は仲間の命の恩人だ。深くは聞かない。しかし、こんな人気のない所で女性一人は危ない。気を付けてくれ」
「ふふっ!」
「何だ?」
「いえ、何でも。ありがとうございます」

 どこまでも真面目なエルヴィンに、ルナは思わず吹き出してしまった。でも、その優しさがルナには嬉しい。

「私、月を見るのが好きなんです」
「月を?」
「はい。今日は上弦の月ですね。弓に張った弦になぞらえているんですよ」

 すとん、とルナはエルヴィンに話しながら、近くの石垣に座る。

「この前も君は、月の剣だとか何とか言っていたな」
「ふふ、そうですね。三日月は月の剣と言われているんです。騎士のあなたにぴったりだと思って」

 エルヴィンも少し間を空けて石垣に座ると、月を見上げた。

「本当に月が好きなんだな」
「はい!」

 穏やかに笑みを浮かべるエルヴィンに、ルナは力いっぱい答えた。

(月の光の採取が一番の目的だけど、好きなのは本当だからね)

「ルナ!!」

 ニャーと身を隠していたはずのテネの鳴き声が響く。どうやらこの楽しい時間は終わりのようだ。

「あの、それじゃあ、今日は帰ります。エルヴィンさん」
「ああ……君は俺の名前を知っていたんだったな」

 立ち上がるルナに合わせて、エルヴィンも立ち上がる。ルナよりも15センチほど高いその身長を見上げると、エルヴィンの顔が近付く。

(な、な、な……!)

 エルヴィンはルナの目線に合わせて少し屈んで顔を寄せてくれていた。今更恥ずかしくなったルナは、慌てて踵を返す。

「じゃあ、さようなら!」
「ああ。俺はいつもこの辺りを見回りしているから、また話そう」

 振り返るとエルヴィンが手を振ってルナを見送っていた。

(また? またがあるの? 薬は手に入ったんだから、もう会わないんじゃないの?)

 ルナは返事をせずに、プイと前を向いて歩き出す。この赤い顔がどうかエルヴィンに見えてませんように、と暗闇に紛れるように祈った。
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