一人ぼっちの魔女は三日月の夜に運命の騎士と出逢う

9.共闘

「ルナ! 土地を鎮静する前に魔物を何とかしないと!」
「わかってる!」

 テネの言葉にルナは走りながら叫ぶ。

 禍々しい黒い渦を横目に、ルナは魔物と戦うエルヴィンから少し離れた所に位置取る。

「君は……! どうしてこんな所に?!」

 魔物を一体切り捨てたエルヴィンは、ルナに気付き、驚きの表情を見せた。

「ここは危ない! 離れるんだ!」

 三体の魔物に囲まれたエルヴィンは、すぐさま目線を魔物に戻しながらもルナに叫んだ。

「うおおおお!」

 エルヴィンは魔物に向かって走り出し、剣を振り下ろす。

「エルヴィンさん!」

 数をものともせず、魔物を切り倒すエルヴィンは、流石、元近衛隊だ。しかし、その表情には疲れが見える。

(私が来るまでにどれだけの魔物をたった一人で相手していたの……)
 
 ルナはすぐさま、胸の前で祈るように両手を組む。

(月の光よ、私に力を貸して――)

 ルナの身に溜まった月の光が輝きを放つ。

 キャキャキャキャキャキャ

 けたたましい鳴き声が辺りを覆ったかと思うと、魔物の動きが止まる。

「これ……は……!」

 エルヴィンは一瞬驚きで目を瞠ったのち、すぐに魔物を切り倒す。

(あ、れ……?)

 その様子にルナも目を瞬かせる。

(いつもは一体ずつしか鎮静出来ないのに、何でまとめて鎮められてるの?!)

「ルナ!」
「……うん!」

 驚きでその場に立ち尽くしていたルナに、テネが叫ぶ。ハッとしたルナは返事と共に走り出した。

(エルヴィンさんが魔物を倒しているうちに!)

 エルヴィンが三体目を切り倒したと同時に、ルナは黒い渦に近付く。

「どうするの?!」
「いつもみたいに月の光で鎮静するんだ!」

 テネと顔を見合わせ、ルナは頷く。

 目を閉じ、ごくりと喉を鳴らし、覚悟する。

 轟々と勢いが止まらない渦は、上へ上へと伸びている。

(月の光よ、私に力を貸して――)

 キイイン――

 ルナの身に宿る月の光が反応して、ルナの身体が光る。

 ――もうこの国は駄目だ

 ――生活苦か魔物にやられるかどっちが先なのか

「え?」

 轟々と音を立てる渦の中からルナは声を聞いた。

 淀みは人々の不安や憎悪から生まれる。

(この国の人たちの不安だ……)

 ルナはギュッと目をつむり、祈るように月の光を放出する。

(声がどんどん流れ込んで来て、頭が割れるように痛い――)

 渦の勢いに押されつつも、ルナは抵抗するように鎮静を試みる。

「ルナ……頑張れ!」

 必死に力を注ぐも、テネの声さえ遠のきそうになる。

「大丈夫か!」

 意識が遠のきそうになった所で、エルヴィンがルナの背中を支えるように後ろに立つのがわかった。

「エルヴィン……さん」

 朦朧としてきた意識の中で、ルナは徐々に覚醒する。

「え……!」

 すると、エルヴィンに支えられた肩から、光が増して、ルナから力がみなぎるのがわかった。

「これは?」

 エルヴィンも驚きを隠せずルナを見つめた。

「聖魔法の力がルナの月の力に反応しているんだ! これならいけるかもしれない!」

 テネの声に、ルナは視線を渦に戻す。

「エルヴィンさん、そのまま肩を支えててください!」
「あ、ああ……」

 ルナの叫びに、エルヴィンは思わず返事をする。

(聖魔法と月の光よ、私に力を貸して――)

 祈りと共に、渦はゴオッと細くなり、黒い影だけがルナに流れ込む。

 月の光が弾けるように光ると、渦は光に吸収され、消滅した。

「う……」

 いつもより大きな闇の力を身に受けたルナは、その場で倒れそうになったが、エルヴィンが受け止めてくれた。

「大丈夫か?!」

 ふわりとエルヴィンにお姫様抱っこをされ、ルナの心臓が跳ねたが、今は言いようのない疲労感でそれどころではなかった。

「君にもらった薬を……」

 もたれかかれる石垣の所までルナを運ぶと、静かにその場に下ろし、エルヴィンは胸ポケットから飴型の薬を取り出す。

「いえ、大丈夫です」
「しかし……」

 ゼエゼエと肩で息をするルナに、エルヴィンは心配そうに覗き込む。

(テネは……隠れたか)

 ルナは辺りを見渡し、テネの姿が無いことを確認する。

 黒猫の姿であろうと、白猫の姿であろうと、どっちみち説明が面倒なので見つからない方が良い。

 ルナはまだ空に高く上がる月を見上げる。

(こんなに闇を引き受けるなんて初めてだから、月の力が足りなかったわ)

 魔物を一気に鎮静するのも、禍々しい渦から受けた闇の力も、ルナ一人ではなし得ないことだった。

(テネの言う通り、エルヴィンさんの聖魔法の力が作用してるってことか……)

「その、君は……」

 石垣にもたれかかりながら考え事をしていると、エルヴィンがおずおずと話しかけて来た。

「君は、君も……聖魔法の使い手だったのか?」
「はい?」

 驚きと期待に揺れるエルヴィンの瞳に、ルナはポカンと静止する。

「君が優秀な薬師だというのもこれで理解がいった」
「ちょ、ちょ、エルヴィンさん?」
「でもいくら聖魔法の使い手だからといって、女性がこんな所に来るのは危ない。君も禍々しい気配を辿って来たのだろう?」
「あの〜」
「二度とこんな所に来ては行けない。俺たち警備隊に任せておくんだ」

 ルナの言葉を一切聞かず、真面目にどんどん話し続けるエルヴィンに、ルナはそういうことにすることにした。

 どのみち、魔女だと正体を明かすわけにはいかない。この力の説明を、エルヴィンが勝手に理解してくれて、ルナは心底助かった。
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