その恋、まぜるなキケン

一縷

真紘にはああ言ったものの、状況は最悪だった。


日付や時間帯が変われば何か知っている人間がいるかもしれないとこうしてスラムに通い続けているが、なんの進展もないのが現状だ。


ポツ、ポツ——


到着してしばらくしないうちに突然、雨粒が真っ黒な空から旭の頬に降ってきた。


雨粒は次第に大きく強くなり始め、今夜は中断しようかと思ったその時。


一軒の古びたスナックの扉が開いた。


人の出入りがあったことに旭は驚きだった。


「……アンタかい?最近やたらとチンさんのことを嗅ぎ回ってるって男は」


おそらくスナックのママらしき女性が扉から顔を覗かせ、酒焼けしたしゃがれた声で旭に話しかけてきた。


「……チン?誰だそれ」


「アンタが探してる男のこったよ」


旭は目の色を変えて女性に詰め寄った。


「そいつのこと知ってんのか!?」


その瞬間、バーーンとどこかに雷が落ちた音がした。


「……濡れるよ。早く入んな」


雨は激しさを増していてしばらく止みそうにない。


旭は誘われるがままに店の中に足を踏み入れた。


店内はカウンターが5席と、4人がけのソファ席のみのこぢんまりした店だった。


椅子は赤いベロア生地のもので、昔ながらのスナックといったところだ。


「彼が死んだって日も、確かこんな雨が降ってたねぇ」


まだ何も注文していないのに、ママは勝手にグラスを取り出して準備を始めたため、旭はカウンター席に座った。


「……アンタが無念を晴らしてくれるんだったら、話してやってもいいよ。彼のこと」


ママが大きな氷の入ったグラスを出すと、旭はそれを一気に飲み干して再びグラスをママの方へ返した。


「もちろん。そのために来たんで」


ママは旭の飲みっぷりに感心しながらチンという男の話を始めた。
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