その恋、まぜるなキケン
あと数年早く再会できていたら……。


そんな考えは心の奥底に仕舞い込んだ。


彼女には相応しい婚約者がいるし、例え彼女に相手がいなかったとしても、自分がヤクザである以上手を伸ばすことは許されない。


それを何度も心の中で唱えながら、抱きしめようと伸ばしてしまった手を彼女の頭の方へ軌道修正し、優しくぽんぽんと撫でる。


「ごめん泣かせるつもりはなかったんだよ。ただ、懐かしいなって笑えたらと思って……」


「……懐かしくなんかないよ!キモい〜だよ!」


「あ、言ったな!?先生ェ堀越さんがキモいって言いましたー」


子供のようにふざけた旭を見て、真紘は鼻声で、涙の跡を擦りながら笑っている。


笑顔の彼女が見れて旭もホッとした。


「大したものはないけど、自分の家だと思って過ごしてもらっていいから。それと、俺だけじゃさすがに無理あるなら、今回はもう1人助っ人をお願いしてある!」


ちょうどその時、ピンポンとチャイムが鳴って誰かがやって来た。


「コイツは(せき)亮太(りょうた)。俺の弟みたいなもんかな。俺よりも他の組に顔が割れてないから、表向きは真紘の弟って設定でいこうと思う」


「亮太って呼んでください!」と真紘に挨拶をしてくれた彼はとてもフレンドリーな青年だった。


年齢は22で、旭は彼を弟のように可愛がっている。


普段年下の異性と関わることが滅多にない真紘は新鮮な気持ちだった。


「組の方に勘付かれないように俺と亮太が交互に護衛する。真紘は今まで通り普通に生活してもらっていいから。あと部屋が余ってるし俺らも泊まり込むつもりだけど、もし嫌だったら俺らは外の車で寝泊まりするから」


「私が居候させてもらう側なんだからそこは全然気にしないで!」


「わかった。じゃあそういうことで、とりあえず今日は亮太が泊まるから。俺はこれで」


何やら亮太に小声で指示を出してから旭は玄関に向かった。
 

「旭……!」


「どうした?」


旭は足を止めて振り返った。


真紘は、「どうしてここまでしてくれるの?」と聞こうとしてやめた。


真紘は彼にとって元同級生で元カノで、知り合いだったから助けてくれているだけ。


きっとそれ以上深い意味なんてない。


「……ううん!色々ありがとうね!」


旭は頷いて、亮太に「頼んだぞ」と声をかけて家を出た。


こうして、元恋人同士の奇妙な同居生活が始まった——。
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