角砂糖が溶けるように

2-6 最後のクラス

 数日後の晩。

 店をきれいに片づけてから住居部分に戻った麻奈美は、晩ご飯の支度をした。家ではいつも光恵がしてくれているし、大夢では平太郎がずっと働いている。少しでも平太郎が楽になるようにと思い、麻奈美はここに泊まる間だけでも、と食事の支度を買って出た。

 張り切って準備したわりには、まだ暑いのでそうめんだったけれど。店を閉める少し前から準備を始め、もちろんネギやショウガなどの薬味も切っておいた。

 平太郎が戻るのを待ちながら部屋を見渡していると、サイドボードの上の写真立てが目に入った。星城の制服を着た生徒が大勢と、真ん中に映っているのは平太郎だった。多くの生徒が黒い筒を持っている。卒業式の写真だろうか。全員が嬉しそうに笑っていて、特に嬉しそうに平太郎の隣にいるのは──。

「私が受け持った最後のクラスだよ」
 いつの間にか戻って来た平太郎が、麻奈美の隣で写真を見ていた。
「最後の最後で、難しい連中に当たったよ」
「この、おじいちゃんの隣にいるのって、芝原さん?」
「……そうだ。ははは、こう見ると、そんなに変わってないな」
 平太郎は手を洗ってから、冷蔵庫の中のそうめんを出した。麻奈美にも、写真を置いて座るように促している。写真の中の芝原は確かに今とあまり変わらないが、少々ガサツさが見える気がする。

「ねぇ、おじいちゃんと芝原さんって、どういう関係? ただの生徒と教師じゃないでしょ?」
「ただの教え子だよ。ちょっと、複雑だったけどな」
 言ってしまってから、平太郎は後悔した。やはり麻奈美が、なぜ、という顔をしていた。晩ご飯を食べるよりもその理由を聞くのが先だと、目で訴えていた。
「先生が言ってたんだろう、一年以内に分かるって」
「おじいちゃんは教えてくれないの? どうして?」
 平太郎はしばらく黙っていた。けれどそれは、いつものようにはぐらかそうとしているのではなく、言葉を選んでいるように見えた。
「芝原は今、辛い時期なんだよ。どうにか乗り切らせてやりたいんだ。過去に背負っている重荷を降ろしてやりたい。最大の試練が、一年後なんだ」
 麻奈美は黙って平太郎の話を聞いていた。
「実はこないだのパーティーの日、あいつが過去を麻奈美に話す予定だったんだ。でも、楽しいときにそんな話はできなかった、って言ってたよ」

 そうか、と麻奈美は納得した。芝原が麻奈美を家まで送ると言ったのは、そんな理由があったのだ。平太郎もそれをわかって、麻奈美に手伝いをさせなかったのだ。
「一年後……何があるの? 過去と関係あるの?」
「それは言えないな。ただ、……何があっても信じてやって欲しいんだ」
「信じるって、何を?」
「あいつをだよ。麻奈美には想像出来んだろうが、過去のせいで非難される可能性がないとは言えない。もしそうなったときは、麻奈美に頼むしかない」

 一年後に何があるのかも麻奈美はわからないのに、平太郎は何かを麻奈美に期待していた。どちらかと言えば見習いたいところの多い芝原が、どうして非難されるのか。

 たとえば、授業妨害。
 たとえば、器物破損。
 たとえば、警察沙汰。

 いくつか想像してみたが、どれも芝原には似合わなかった。そもそもものすごく厳しい星城で、そんな大それたことを出来るわけがない。
「ますますわからないよ」
 麻奈美がつぶやくと、平太郎は「だろうな」と笑った。
「ともかく、一年後だ。まぁ、麻奈美が芝原を嫌いになってれば別だがな。それより今日は麻奈美に教えたいことがある」
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