竜人が番と出会ったのに、誰も幸せにならなかった

竜人と番ではない恋人の末路 Ⅲ

 
 スオウがその言葉を正しく理解するのに、時間を要した。
 目の前の男が何を言っているのか、分からなかった。

 息を吸うのも忘れるくらい、スオウは言葉が出なかった。

「お前が、リーゼの家に番を連れ帰った晩に。
 馬車に轢かれた。

 咄嗟に飛び出して来ただろうリーゼを避けきれず」

 ひゅっと喉が鳴る。

「なぜ飛び出したのかは……
 おそらく、お前と……番の声を聞いたんだろう…………
 駆け付けた時には虫の息で

 それでも、お前と……番の蜜月を邪魔するなと……………」

 いやに鼓動が大きくざわついた。

「治療も間に合わず、そのまま息を引き取ったよ。
 リーゼの家の荷物は、寝室にあったもの以外はお前らが寝てる間に静かに俺らが運び出した。

 遺品を、両親の元へ届けて欲しいと、最期に言ってたからな…」

 ラクスの声が遠くで聞こえた。


『ねえ、もし番が現れたら、ちゃんとお別れしてね』
『リーゼ……大丈夫だよ。現れても、君を見捨てたりしない』


 遠い日の会話が呼び起こされる。


 ああ。
 自分はリーゼを裏切ったのか。

 そして自分の幸せがリーゼの不幸を招いた。

 自分と愛し合っていなければ、リーゼは死ななかったのだろうか。
 本能的に安全な場所としてリーゼの家を選ぶくらいにリーゼに心を寄せていたのに。
 番に出逢って全て吹き飛んで、結局リーゼを死なせてしまった。

 自分の家があったのに。
 そっちに番を連れて行けばせめて死ななくて済んだかもしれない。


『番とは呪いみたいなものだね』


「リー………ゼ、リーゼ、リー………
 ごめん………すまない、リーゼ………すまない………」

 スオウは両手で顔を覆い、涙を流し続けた。

 スオウにとって、リーゼは番ではなかった。
 だが事実、愛していたのだ。

 警邏隊の人達の冷たい視線に納得した。
 言いようの無い後悔が襲ってきたが、どうする事もできなかった。

 スオウが今求めているのは、番ではなくリーゼの温もりだった。


 それは二度と手に入らない安らぎ。

 スオウはその事実に嗚咽をあげ続けた。



 リーゼの事を知って、番のいる部屋に帰って来た。
 朝まであれだけ愛おしいと思っていたのに、今は纏わり付かれるのが鬱陶しかった。
 これ以上女はこの部屋に居てほしくなかった。

 この女は自分の番なんだよな?と、スオウは自分でも不思議になるくらいだった。

 竜人は番ができると離さないし誰にも見せたくなくなると言うが、スオウは自分の番に対してそのような気持ちは湧かなかった。
 そのため番の女には一度帰宅するように促した。
 今は独りになりたかった。

「竜人の番になったのに!」と、番は文句を言いながら帰って行った。
「すぐに迎えに来るように」、とも。

(そう言えば名前すら知らないな)

 だが今のスオウにとってはどうでもよかった。


「リーゼ、ただいま……」

『あっ、スオウ、お帰り!今日もお疲れ様だったね』

 そんな幻を見て、手を延ばす。
 台所で料理をするリーゼ。
 料理をよそうリーゼ。
 美味しいものを食べた時の幸せそうなリーゼ。

 食後に寄り添いはにかむリーゼ。
 一緒に風呂に入り、恥ずかしそうにするリーゼ。
 初めて一緒に寝た時の嬉しそうなリーゼ。

 朝、目覚めた時の照れたような笑顔。
 「おはよう」と少し掠れる小さな声。
 体調悪くしていた時、おろおろする自分に「大丈夫だから」と笑ったり。

 思い出の場所でリーゼの幻が浮かんでは消える。

 寝室に入ると情事の名残か、シーツや掛布がぐちゃぐちゃになっていた。
 番の匂いが何故か不快で、スオウはシーツを剥ぎ取ると一気に燃やしてしまった。
 それでも奥から湧き出る憎悪を止められず、ベッドをずたずたに引き裂いた。


「リーゼ」

 名前を呼んでも応えはない。

「リーゼ」

 どこを探しても姿は無い。

「リーゼ」


 あの笑顔も、怒った顔も、泣き顔も。
 二度と見る事はできないと思い知る。

 番を得たはずなのに。
 番はまだ生きていて、これから一緒にいるはずなのに。

 まるで番を失ったような喪失感がスオウを苛む。
 部屋中を歩き回り、いない人を探す。

 止まったはずの涙が溢れ、嗚咽が漏れる。

 謝っても、愛を囁いても、死んだ人は戻らない。

 彼女は番では無いのに。
 番が別にいるから放っといてもいいのだ。
 だがスオウはリーゼを求めていた。

「なんで………」

 何故自分は竜人なんだ。
 竜人でなければ番など居らず、ずっとリーゼだけを見ていられただろう。

 番とは何だ。
 本能で求めた結果、大事なものを失った。
 幸せとは何だ。
 番がいるから幸せなのか。
 愛する者がいるから幸せなのか。

 スオウは分からなくなった。
 番を求める気持ちより、いなくなったリーゼを求める気持ちの方が大きかった。

 罪悪感からなのか。
 愛していたからなのか。
 もう二度と会えないからなのか。

 スオウは自分が分からなくなった。



 その後スオウは街から出て行った。
 その傍らには番の姿は無かった。

 スオウが街から出た後、女性の遺体が発見された。
 スオウの番だった。
 全身を切り裂かれて見るも無残だった。

 ラクスはその事件を担当した。犯人はすぐに分かったが何故スオウが番を殺したのか分からなかった。
 彼は去る前にラクスにリーゼの墓の場所を聞き、リーゼと自分の部屋の片付けを頼んでいた。

 残された寝室の片付けをしに部屋に入ったラクスは、ベッドがずたずたに引き裂かれていたのを見た。
 異様な光景はスオウの後悔の表れなのかと予想した。

 リーゼの荷物は傷一つ無く。
 それらは全てリーゼの両親に届けた。

 リーゼの両親は「知らない誰かが大量の金貨を置いて行った」と困惑の表情をラクスに見せた。
 ラクスは、おそらくスオウからの慰謝料だろうと思い、両親に「貰ってやって下さい」と言った。
 両親は困惑していたが、スオウの話をすると突き返す事はしなかった。


 竜人は一生のうち、番に出逢える可能性が低いとされている。

 スオウの番は本当に番だったのだろうか。
 リーゼこそ、スオウの番だったのでは無いだろうか。

 番を失った竜人は狂い死ぬと言われている。
 リーゼを失ったスオウは、番だったはずの女性を殺して失踪した。
 安否不明だが、おそらく無事では無いだろう。
 ラクスは何となくそんな予感がした。


『番と出逢った竜人は幸せになりました』

 そんなお伽噺を根底から覆すこの事件は国中で話題となった。
 
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