竜人が番と出会ったのに、誰も幸せにならなかった

転生して。


「おじさん!早く早く!」

 可愛らしい少女が男の腕をグイグイ引張っている。
 晴れ渡る青空の元、男は花束を持つ手を緩めないように苦笑しながら少女に引っ張られていた。

「リコリー、待て。転んでケガするぞ」

 男が言ったそばから少女は足を縺れさせ、前のめりになった。

 だが少女は転ばなかった。
 通りかかった少年が少女を支えたからだ。

「少年、助かった。ありがとう。
 リコリー、ほら落ち着けって」
 男の礼に対して、少年は「いえ」と小さく笑った。

「ごめんなさい、おじさん。早くお母さんに会いたかったの。……お兄さんもありがとう」

 少女──リコリーはぺこりと頭を下げた。

「いいんだよ。お母さんも君に会いたいだろう。早く行っておあげよ」

 くすくす笑って頭をぽんと撫でる。
 リコリーは大人以外にそうされた事に驚き、はにかみながら微笑んだ。

「良かったらお兄さんも一緒に行かない?」

 リコリーは少年を誘った。
 リコリーに引っ張られていた男は目を見開きリコリーを窘める。
 しかしリコリーは頑なに譲らなかった。
 少年も困ったように微笑むが、リコリーは少年の腕を掴んだまま離さなかった。

「お墓参りだもの。賑やかな方がお母さんたちも喜ぶわ」

 寂しそうに笑う少女から目を離せず、少年は「迷惑でなければ」と柔らかく笑った。
 男は複雑そうな顔をしながらしぶしぶ了承した。リコリーには弱かった。


 見晴らしの良い丘には沢山の墓が並んでおり、その一角に、リコリーの両親の墓があった。

「私のお母さんはね、おじさんのお姉さんだったの。乗ってた辻馬車が崖から落ちて……。
 お父さんも後を追うようにして……
 その後おじさんが私を引き取ってくれたの。だから寂しくは無いのよ」

 両親の墓の前で、ポツリと漏らしたリコリーの表情は「寂しくは無い」と言う顔では無かった。
 だが少年は何も言わずに聞いていた。
 頭をぽんぽんと優しく撫でる。
 リコリーは目頭が熱くなっていた。


 リコリーのおじさんは別の墓の前にいた。
 きれいに掃除された墓の隣には、小さな墓が建っている。
 新しい花が置かれているので誰かが献花したのだろう。
 おじさんは手に持っていた小さな花束を添えた。

「お前の両親は足腰弱って中々来れねぇだろうにな。誰が供えてんだろうな」
 笑いながら墓の前に座り込んだ。

 墓に刻まれた名前を見ると今でも後悔が押し寄せる。
 あの時反対してれば。
 ───いや。
 ある時までは幸せそうにしていた。
 それを見れば反対などできなかった。
 だが反対していれば、後の悲劇は防げたのではないかと、そう思えばやるせない気持ちになる。

 墓に刻まれた名前────
 "リーゼ・アレンシア"
 男にとって、妹のように思っていた女性だった。

「……お知り合いですか?」

 少年が男に話し掛けた。

「妹みてぇなもんだ。……若くして死んじまった」

「大事な人だったんですね」

 少年はそのお墓を見て目を細めた。

「竜人と付き合っててな…。ある日竜人に番が現れて………
 俺が反対してりゃ、って今でも思うわ」

「……俺も、竜人じゃなければ良かったって思った」

 独り言のように呟かれた少年の言葉に男は顔を上げた。
 少年はリーゼの墓を切なげに見ていた。

「竜人じゃなければ。番とか分からなければ。
 彼女を傷付けずに済んだのに。
 番が現れて、全てがそっちに行って。

 彼女が死んで。
 そしたら、本当の番は………」

 少年は目は潤み赤くしている。
 男はその姿を呆然と見ていた。


「縁を歪められて、彼女を死なせてしまった。
 竜人じゃなければ、番とか関係無かったのに。

 俺が、死なせた。
 リーゼを。
 リーゼが、本当の、番だった………」

「お前……スオウか…」

 呆然と少年を眺め続けている男に向かって、少年はとうとう泣き出しその場に崩折れた。

「ラクス、すまない。俺は………
 俺がリーゼを殺した。
 俺が番なんかに囚われたせいで、リーゼを、傷付けた。
 こんななら、出会わなければ……
 俺は、リーゼに会っちゃダメだったんだ…………」

 ラクスは混乱して泣きじゃくる少年に近寄り、背を撫でた。

「ごめん、ラクス。お前まで悩ませて苦しませてたなんて……」

『ごめん』と『すまない』を繰り返し呟く少年の背をラクスはずっと撫でていた。

 暫くそうしているうちにリコリーが二人の所へやって来た。

「あっ、おじさんお兄ちゃん泣かせてる!色男なんだー!」

 リコリーの一言に拍子抜けしたラクスは、「いや使い方違うだろ」と頬をぽりぽり掻いた。
 少年はようやく収まってきた涙を拭い顔を上げた。

「どっか痛いの?よしよし」

 リコリーの小さな手が少年を包み込む。
 不思議とその手に触れられる度に気持ちが落ち着いてきた。

「おじさん、そろそろ帰ろう。お兄ちゃんも家に来てね。そんなお顔じゃお家に帰せないわ」

 ふわりと微笑み少年の手を引いていく。

「おじさんもいいでしょ?」
「……そうだな」

 ラクスも微笑み、三人はラクスの家へと向かって行った。
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