高遠王子の秘密の件は、私だけが知っている
○人が賑わう休日の街中。
人混みを縫うように走る一人の少女の姿。

未来(ヤバい……こんな日に限って寝坊とか、あり得なさすぎる!)

 待ち合わせの場所に急ぐ未来の手に握られているのは、画面が表示されたままになっているスマホ。画面を閉じるのが惜しいとばかりに、その画面をちらちら見ながら走っている。
 そこに表示されているのはSNSの画面。

 『かっこ。ヲタですけど何か?』という少々尖った名前のアカウントのプロフィールは『17歳。フワねこたん、ドルラブ好き。iちゃん激推し。スクールカースト最下層上等☆」の文字。
 フォロー、フォロワーとも3桁と盛況で、他者との交流で賑っている。(けれど、現実世界では友人ちあき以外はこのアカウントの存在を知らない。)

(その投稿は「フワねこたん」という、フワフワした雲のような猫のキャラクターグッズと、「アイドルラブミッション」という携帯育成ゲームに関するものがメインだが、それに混じってチラホラと日常に関することも見受けられる)

未来(あああああ〜。怒ってるかなあ?待っててくれるかなあ?)

○信号待ち中。
焦れる気持ちのままに、未来は待ち合わせ相手にダイレクトメールを送る。

未来のメッセージ『ごめん!楽しみすぎて寝るの遅れてさっき起きた!今向かってる』
ダッシュするイラストと共に送信するとすぐさま『りょーかい 笑』と返事が返ってくる。
 その文字を見つめて、頬を緩ませる未来。
 信号が青になると共に再び走り出す。

【ナレーション】未来目線
 高校入学と共に始めたSNS。誰も知らない世界にデビューをして早一年。今日、私は初めて相互フォローの相手と会う。
 相手のアカウント名は『けーにゃん』。私と同じ高校生二年生。フワねこたんは黒が好き。ドルラブだったらkちゃん推し。
 ーー初めて会うのに、彼女の事なら何でもよく知っているなんて、なんだかちょっと不思議だけど。
 SNSの世界で一番の仲良しである彼女は、一体どんな人なのだろう?
 どんな話ができるだろう?
 胸がドキドキ鼓動するのは、きっと走っているからだけ、じゃ、ない。
【ナレーション終わり】

○街中。
人通りの多い広場で未来はキョロキョロ待ち合わせ場所近くで相手の目印を探している。

未来(花壇の前に立っていて、ピンクのシャツと黒のパンツ姿の高校生……カバンにはフワねこたんのぬいぐるみ……)

 目ぼしい相手がいないかと辺りを見回すが、それらしき女性は見つからない。

未来(あれ……?待ち合わせ場所、ここだよね?)

 先程までとはまた違った焦燥感がジリジリと胸に湧いてきた未来の後ろから「もしかして、かっこさん?」と声がかかる。

未来「あっ!初めてまして!けーにゃ……」

 よかった会えた!と、パッと破顔して振り返ると、そこにいたのはピンクのシャツに黒のパンツ、カバンにフワねこたんのぬいぐるみをぶら下げた、目印と同じの格好の人。けれどそれは細身ながらも、どう見ても同世代の見目麗しい「男性」の姿。

未来「ん……?」
けーにゃん「え……?」

 こてんと首を傾げたままピシリと固まる未来と、どこか緊張した面持ちながら照れくさそうに笑みを浮かべた顔から驚いた様な顔に変化する「けーにゃん」。
 お互いを認めた次の瞬間、二人の表情はザッと一変する。

未来「……え?高遠、くん?」
けーにゃん(高遠)「あ、あれ?河原さん……?」

 全身から嫌な汗が吹き出してくる未来と、目を丸くする高遠。恐る恐るお互いを指差しながら、もう一度確認の言葉を口にする。

未来「えっと、あの、もしかして、けーにゃん……ですか?」
高遠「え、うそだろ……。河原さんがかっこ……さん、なの?」

二人「え、ええええええええ???????」

驚く二人の声が広場にこだまする。

――

場面転換
○『アイドルラブミッション☆ときめきカフェパラダイス』と銘打たれたコンセプトカフェの店内。
 各種登場キャラ達とそのイメージカラーで彩られた可愛らしい空間の中。満面の笑顔で室内をキョロキョロ見回す高遠と裏腹に、どんよりと顔色を悪くする未来。対照的な様子の二人はテーブル越しに向かい合っている。

【ナレーション】未来目線
悲報 待ち合わせに来たネット友達が、実はクラスメイト(男)だった件!
【ナレーション終わり】

未来(取りあえずお店の中に入ろうと誘われて、ついてきてはみたものの……。なんでこの人こんなに楽しそうにしていられるんだろ??)

高遠「あの、メニューは決まった?」
未来「あ、えっとじゃあ私はこれで」

 困惑しながらもメニューを決めた未来をよそに、高遠は店員を呼ぶとスマートに注文をするが、店員が去ると二人の間に沈黙が襲う。

未来(「期間限定のこのカフェに一人で行くのはちょっと勇気がいる」ってけーにゃんが呟いたから、今回初めて会うことになったんだけど……)

 ちらりと目の前の、キラキラとしたオーラを放つ美しい相手に視線を走らせると、未来は心の中で頭を抱える。

未来(けーにゃんが女子じゃないなんて……。まさかスクールカースト最上位、クラスメイトの()()()がドルラブガチ勢の『けーにゃん』だったなんて――)

【ナレーション】未来目線
高遠圭吾――成績優秀、スポーツ万能、おまけに美形と三拍子揃った学校の人気者。周囲の熱狂とは裏腹に「我関せず」とばかりにツンと澄ましたクールな態度と、クォーターだとかと噂される気品漂う佇まいから、影では「氷の王子(プリンス)」と呼ばれている――
【ナレーション終わり】

未来(カースト最下層の私なことなんて、存在すら知らないかと思ってたけど、流石にそんな事はなかったのね)

 変なところで感心するが、一体何を話せばいいのか。

未来(……っていうか、私「カースト最下層上等」とかイキがった自己紹介書いてるし、なんなら普段と違うキャラで投稿なんかもしちゃってるし)

 『あのクラスで影の薄い河原が、ネットではあんな強気なキャラになってるなんて、くっそ笑えるわ』『興奮してあっちこっち写真撮りまくって、マジキメぇ』等と、バラされて週明け登校してクラスメイトから指を差されて笑われることしか想像できない。未来は身悶えしながら絶望の表情をする。

未来(本当だったら、カフェの写真沢山撮りたかったけど、もうそれどころじゃないよ)

 大人しくしていようと思うものの、未練がましくせめて脳裏には焼き付けておきたいと涙目で、店内を改めて見回す。

未来(せっかくのドルラブの、コンセプトカフェだって言うのになあ〜)

【ナレーション】
 女性向け携帯育成ゲーム、『アイドルラブミッション』――。略してドルラブ。
 アルファベットのデフォルト名、A子〜Z子までの26人のアイドル見習い達の中から自分の分身となる一人を選び、レッスン等を通してトップアイドルを目指していくそのゲーム。通常の育成ゲームと異なるところは、アイドル業と同時進行で複数いる攻略対象との恋愛イベントを進めて行くところ。アイドル業と恋愛を両立させながらハッピーエンドを迎えるのが意外と難しいと評判な人気ゲームの一つである。
【ナレーション終わり】

未来(確かにドルラブは、物凄く人気があるゲームだし、中には男性ユーザーもいるらしいっては聞くけどね?)

 気が付かれないように、向かいの席に座る高遠にそっと目を走らせた後、テーブルの下でスマホの電源を入れてSNSアプリを立ち上げる。

 画面に映るのは「けーにゃん」のアカウント。
『kちゃんのコスチューム課金した!フリフリレース最強説!』
『このままだとプロデューサールートに行っちゃう!やだやだー好感度下げたいけど、センターから外されるのも困る!』
 どれもドルラブへの思いが込められた熱い呟きと高遠の顔を交互に見ながら、未来はふとある可能性に気がついた。

未来(でもこれ、そもそもほんとに高遠くんが投稿したの?それとも……?)

 ドッキリや罰ゲームなんかではないのか?そんな思いが胸によぎったその時に、それまで黙っていた高遠が穏やかな笑顔を浮かべて「あのさ」と口を開いた。

高遠「……やっぱり驚いたよね、俺がけーにゃんだって」
未来「え?」
高遠「俺、昔から可愛いものとか好きでさ。でも、そういうのって年々大っぴらに言う事が、なんか出来なくなってきてさ。だからこっそりアカウント作って呟いてたんだよ。男か女かもわかんないようにして。そしたらある日、河原さん……かっこさんの呟きを見つけたんだよ」
未来「……」
高遠「毎日投稿読んでたよ。わかるわかる!って感じでさ。こっちの一方的な感情だけど気が合うな、仲良くなりたいなって思ってて。……だから今日、会うの楽しみにしてたんだ」

 恥ずかしそうに視線をそらしながら、懸命に自分の気持ちを伝える高遠の姿に、思わず未来の胸はギュンとときめく。

未来「あ、えっと、私も!私もけーにゃんとは色々話が合うなって思ってて!だから私も今日けーにゃんと会ったら何話そうかなって考えてたら中々眠れなくなっちゃって」
高遠「だから、寝坊したんだもんね?」

 フフッとからかうように笑う高遠に、またしてもドキリとしてしまう未来。

未来「も、もう!それは謝ったじゃん!」
高遠「ごめんごめん。そんな風に考えてくれてたんだなって思ったら、なんか嬉しくなっちゃって」

 慌てて抗議する未来を笑いながら受け流す高遠だったが、ふと真面目な顔をする。

高遠「だから今日だけじゃなくて、これからも変わらずに仲良くしてほしいんだけど……。だめかな?俺、男だし」

 ほんの少し寂しそうなその表情に、嘘偽りなんてものは感じられない。変に彼を勘繰った自分が恥ずかしくなる。きっと好きなものを大手を振って好きとも言えず、彼も彼なりに苦悩の日々を送っていたのだろう。
 SNS上とはいえ、好きなものを好きだと言える彼は、立派な同好の士だ。そんな彼が本心を打ち明けてくれるのだ。ならばこちらも全力でもって歓迎しなければならないだろう。
 未来はガタリと椅子から腰を浮かせ、高遠に向かって自身の思いを口にする。

未来「……お、男とか女とか、そんなこと関係ないよ!好きなものを好きって言う気持ちは、性別も年齢も国境も、ボーダーラインなんてどこにもないんだから!!」

 そしてそのまま手を差し出すと、高遠の手をぎゅうと強く握り締める。

未来「だから……こちらからも、お願いするね。これからも宜しく!」

 未来の発言が予想外だったのか、高遠はほんの少し驚いた表情をして、それから嬉しそうにパアッと顔を輝かせる。

高遠「うん……。うんっ!ありがとう!」

 本当に未来と友達になれてうれしいのだろう。ぎゅうと握り返された手からは、彼の気持ちが伝わるようでなんだか未来まで胸が熱くなってくる。 

未来(人付き合いが希薄なクールな王子かと思ったけど、好きなものを話す相手がいなかっただけなのかもね) 

 うんうんと頷きながら、再び何か話をしようと未来は口を開きかける。

未来「あのさ、高遠くん……」
高遠「……けーにゃん」
未来「は?」
高遠「せっかくだから、けーにゃんって呼んでほしいな」
未来「はぃ?」

高遠の突然の要望に声が裏返る程に動揺する未来。

未来「え、えっと……。じゃあ、けーにゃんって呼んでいいの?」

 思い切って言ってみたのだろう。顔をほんのり赤くさせて頷く高遠。

未来「そ、そっか。ありがとう。じゃあ私のことも今日は、かっこって呼んでね」
高遠「……うん!」

 嬉しそうに笑う高遠に、またもや胸がキュンとする未来。

未来(お、王子の笑顔の破壊力!)

 気を取り直して未来は会話をしよう試みる。

未来「あの、けーにゃんって名前はドルラブのkちゃんから取ったの?」
高遠「そう。あとは俺の名前も圭吾(けいご)だから……。かっこさん……かっこは?なんか意味あるの?」
未来「私の名前が未来(みらい)だから、かな」
高遠「?」
未来「みらい→過去→かっこ……みたいな?」
高遠「連想ゲーム的な?流石かっこ、発想力が斜め上だわ」
未来「そ、そう?」

 褒められたのか?と困惑しつつも、面白そうに笑う高遠にドギマギする未来はふと何かを思いつく。

未来「そう言えば、私がかっこだってわかっても、けーにゃんはそれ程驚いてないみたいだったね」
高遠「そう?そんなことないよ?」
未来「私なんて物凄くびっくりしたのに」
高遠「確かにかっこの顔、凄かったよね」
未来「凄いってどういう意味よ!」
 
 拳を振り上げる真似をする未来の腕を、ひらりと笑顔でかわす高遠。

高遠「まあ、それは冗談だとして……。なんていうか、俺のイメージしてた「かっこ」って、河原さんみたいな娘だったから。だからなんか妙に納得しちゃったんだよね」
未来「それって……」

 いったいどんなイメージ?と聞こうとすると、店員が注文した食べ物を持ってやってきた。

店員「『キラキラ星の降り注がれたフレンチトースト』と『甘い空気に包まれたしゅわしゅわスフレパンケーキ』でーす」
二人「う、わーーーーー可愛いっ!」

 ゲーム内に登場する体力回復アイテムであり課金対象でもある2品と、一緒に置かれたk子とi子のアクリルプレートに二人は大興奮する。

未来「写真撮ろっか?」
高遠「もちろんもちろん!」

 ゴソゴソとスマホをセットしていると、店員から「よかったらお二人一緒のところも撮りますか?」と声をかけられ、目を輝かせた高遠は、未来よりも早く返事をする。

高遠「えっ?いいんですか?ぜひお願い致します!!」
未来「ええっ?」
高遠「いいじゃん!せっかくの記念だし。ほら撮ってもらうよ!」

 高遠はグイグイと隣の席へとやってくるとポーズを決めて店員に自分のスマホで写真を撮ってもらう。

高遠「かっこに転送するから、連絡先教えて?」
未来「え、あ、うん」

 勢いに押されてメッセージアプリの連絡先を交換すると、満足そうな顔をして高遠は写真を転送する。

高遠「これでよしっ……っと!」

 送られた写真を見た未来はそのビジュアルの差に愕然とする。

未来(けーにゃんの顔、ちっさ!美しっ!それに引き換え私ときたら……)

 推しキャラのプレートと実物化された課金アイテムを前に、キラキラした嬉しそうな顔をする高遠とは逆に、突然の写真撮影に戸惑い半笑いになっている未来の顔。

高遠「どうしたの?届いてない?」
未来「いや……けーにゃんとの顔面偏差値の差に絶望してたところ」

 どんよりとした顔をする未来に一瞬キョトンとした後で「なーにいってんの!」と高遠は真顔になる。

高遠「かっこだって、めっちゃかわいいじゃん?」
未来「はあっ?」
高遠「この奥ゆかしげにはにかんだところとかさあ。デレデレしてだらしない顔してる俺なんかより、何倍もよく撮れてるよ」
未来「はにかむ……」(って、こういう顔のことなんだっけ??)
高遠「あっそうだ!今日の記念にこの写真、待ち受けにしようかな」

 首を傾げる未来をよそに、ウキウキとした声でとんでもないことを提案する高遠に慌ててストップを入れる未来。

未来「ちょ――っ!それは誰かに見られちゃうからよくないかな?高遠くん」
高遠「なんで?……かっこ、誰かに見られたらマズいの?」

 急に不機嫌そうなワントーン下がった低い声になる高遠に、良くわからないままに未来は言い訳をする。

未来「いや、だって、なんか恥ずかしいし」
高遠「そうなの?」
未来「そういうもんなの!」
高遠「そっかあ」

 納得はしないものの、未来の抵抗にあい、渋々待ち受けにするのは辞める高遠だったが、良いことを思いついたとばかりにニコリといたずらっぽい笑顔を未来に向ける。

高遠「じゃあ、これは……俺達だけの秘密だね」
未来「……!!」

 またしても未来の胸は飛び跳ねる。

未来(なんか……色々大変そうな人と関わっちゃった、の、かも???)














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