ギター弾きの天使とデュエットを ~言葉を話さぬ彼に惹かれて、二人は同じ夢を見る~
 美しいギターの音色はほとんど途切れることなく、たくさんの曲が流れてくる。チャコは心地よい響きに目を閉じて浸っていた。けれど、不意にその音が止んでしまって、どうしたのだろうかと少年に目を向ければ、少年はただぼーっと遠くを眺めている。


「ねー、名前何て言うの?」


 そのまま黙っているのも落ち着かなくて、チャコはそう問いかけていた。少年は困ったように微笑む。聞いてはいけなかったのだろうか。


「名前聞いちゃダメ?」


 少年はやはり困った顔をしている。だが、すぐに何かを考え込むような仕草を始め、そして、次になぜかギターをポロンポロンポロンと鳴らし、指で丸を作った。まったく意味が分からない。


「何?」


 少年は同じことを繰り返す。


「何それ? ねぇ、名前を教えてよ。あ、先に私が言わないとか! 私はね、安達千夜子(あだちちやこ)。千夜子だから皆にはチャコって呼ばれてるの。君もチャコって呼んでいいよ! で、君の名前は?」


 しかし少年はまたも同じことを繰り返す。さっぱりわからない。さらに、少年はもう一度考え込んだかと思えば、チャコを指さしてから、またポロンポロンポロンポロンとギターを鳴らした。ますます意味がわからない。


「だから、それ何なの。意味がわからないんだけど……」


 すると今度は、短音ではなく和音でジャンジャンジャンとギターを弾きだした。


「え、いや弾き方変えられてもわからないってば」


 そう文句を言えば、また元の弾き方に戻る。どうやら少年に名前を教える気はないようだ。


「もうその弾いてるのは何なの? 名前くらい教えてよ……もう、いいもん。君のことはジャンって呼ぶ。ギター弾くばっかりなんだもん。まあ、どっちかっていうとポロンって感じの音だけど、名前としては響きがいまいちだからジャンにしてあげる!」


 その言葉に少年は少しだけ驚いた顔をしたあとに、また天使の微笑みを浮かべてきた。


(っ。もうその顔はずるい)


 少年はまた演奏を再開すると日が沈みはじめるころまでそれを続けた。そして日が沈みはじめれば、またこの前と同じように黙って帰っていこうとする。


「ねー、いつここにいるの? 土日は来る?」


 今日は金曜だから、明日明後日はいるのかという意味を込めて尋ねてみた。しかし少年は困ったように微笑むだけで、そのまま去ってしまった。


「いついるかくらい教えてくれてもいいじゃんか……」


 チャコはそう独りごちた。
< 9 / 185 >

この作品をシェア

pagetop