あの日、桜のキミに恋をした
昼休みになるとクラスは席を動かして昼を食べ始めるのに、最近の由奈は決まって教室を出て行く。


てっきり食堂か売店に行っていると思っていたけど、どうやらそのどちらでもないことが今日尾行をしてみて判明した。


階段をひたすら上って上って、辿り着いたのは校舎の最上階。


さらにその数段先に屋上へ通じる扉があった。


由奈が慣れた手つきでドアノブを捻ると、扉がギィィと音を立てながら開く。


鍵がかかっていないことに驚いた。


扉の向こうに見えた屋上は、春の陽気に包まれていてとても暖かそうだったが、一瞬吹き込んできた春風は少しひんやりとしていた。


俺は閉まった扉の前を行ったり来たりしながら考えた。


由奈はわざわざこんな所まで来て一体何をしているのだろう。


見たところ、今日が初めてというわけではなさそうだ。


後ろを()けたことを謝って俺も屋上に顔を出すか、それとももう少し様子を見るか……。


決めかねていると、再び扉が開いた。


「ごめん!どこ行くのかと思って、つい追いかけてたら……その……」


てっきり由奈だとばかり思って話しかけたのに、扉から出てきたのは見たことのない長身の男だった。


「あー……すいません、間違えました…」


先生のことを〝お母さん〟と呼んでしまった時みたいな、そんな気まずさと恥ずかしさを覚えた。


178センチの俺よりも高いから、多分180センチくらいあると思う。


うちはわりと校則が厳しめなのに、髪は茶色で緩くパーマがかかっていた。


かつてロン毛だった俺が言えたことではないが、どう見てもチャラそうな男だった。


同じ学年では見たことがないし、おそらく先輩だと思う。


「一応言っとくけど、俺は染めてもいないしパーマもかけてないからな。この髪は元々!」


「へ、へぇ……」


初めての会話がそれだった。
 

俺はまだ何も聞いていないのに、俺が疑問に思っていたことは筒抜けのようだ。


多分初めて会った人から必ず聞かれることなんだろう。


再び流れた気まずい空気に耐えかねて、俺は屋上の方へ行こうした。


「ここ立ち入り禁止だぞ。ほら、戻れ戻れ!」


しかしなぜか行く手を阻まれ、しっしっと手で追い払われる。


俺は思わず「お前は入ってただろ!」と言いかけた。


由奈が屋上に来たことに気づいてないのかこの人……それともそれは知っててあえて由奈を1人に……?


その先輩らしき人は俺がここを退くまで頑として動かなそうだったから、屋上に行くのは諦めて渋々階段を降りた。
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