Good day ! 2
第三章 野中と伊沢
「あーもう、なんだってこうも遠いんだよー。歩くのやだー」
「何言ってるんですか、キャプテン。子どもじゃないんだから、これくらい歩いてくださいよ」

鹿児島往復のフライトを終えて羽田に戻って来た野中と伊沢は、飛行機を降りたあと長く続くターミナルの通路を歩いていた。

指定されたスポットが端の方だった為、歩く距離が長い。

愚痴をこぼす野中をなだめながら歩いていた伊沢は、前方から駆け寄ってくる乗客らしき女性に気づいた。

「あれ?どうしたんだろう」

野中と二人で足を止め、近くまで来た女性に声をかける。

「お客様、どうかなさいましたか?」

オフホワイトのフレアスカートに水色のカーディガンを羽織った30歳くらいの女性は、右手にバッグと搭乗券を持ち、息を切らしていた。

「あ、はい、あの。私、さっき鹿児島からの便に乗っていたんですけど、機内に忘れ物をしてしまって…」

取りに行こうとしているようだが、既に機内は整備士や清掃スタッフが乗り込んでいる頃だ。

伊沢は、少々お待ち頂けますか?と言って、グランドスタッフを呼びに行った。

残された野中は、まだ肩で息をしている女性に声をかける。

「大丈夫ですか?」
「あ、はい。すみません、ご迷惑をおかけして」
「いえ、とんでもない。何か大事なものなのですね?」
「はい。母の形見の指輪なんです。いつも肌身離さず着けていて…。さっき着陸のアナウンスを聞いた時に目にしていたんですが、そのあと座席ポケットに機内誌を戻した時に外れてしまったみたいで」

野中は、女性が手にしていた搭乗券に目をやった。

「失礼。座席番号を拝見しても?」
「はい、どうぞ」

(12Aか。搭乗口のすぐ近くだな)

「このままここでお待ち頂けますか?」

そう言い残し、野中は急いで機内へ引き返した。
< 18 / 126 >

この作品をシェア

pagetop