Good day ! 2【書籍化】
『野中 真一様

先日は大変お世話になり、本当にありがとうございました。
こちらからお礼を申し上げるべきところ、野中様からメールを頂き恐縮しております。

日本ウイング航空さんは、いつもクルーの皆様が親切で、気持ち良く利用させて頂いております。
仕事で疲れた時や落ち込んだ時も、皆様の心温まるおもてなしに救われる思いでした。
時折ユーモアの溢れる機内アナウンスを耳にして、クスッと笑わせて頂くこともありました。
そしてある時、この素敵なお声のアナウンスが、機長の野中さんであることに気づきました。
それからは毎回搭乗する度に、今日の機長さんはどなただろう?と考えるようになったのです。
素敵なお声が聞こえてくると、野中さんだ!と嬉しくなりました。
どんな方なのだろう?きっとこのお声のように、温かくて素敵な方なのだろうなと、勝手ながら想像しておりました。

母の形見の指輪を失くした時はとても焦りましたが、野中さんと副操縦士の方のおかげで無事に手元に返して頂き、本当に感謝しております。
また、野中さんにお会いできた事、やはり野中さんが想像通りの優しい方だった事もとても嬉しかったです。
これからも、日本ウイングさんを利用させて頂きます。
野中さんのアナウンスが聞こえてくる事を楽しみにしながら…
この度は本当にありがとうございました。

森下 彩乃』

読み終えた伊沢まで、ほわわーんとしてしまう。

「うわー、嬉しいもんですね。お客様からのメールって。しかも副操縦士の方って、何もしてない俺のことまで書いてくださってるし」
「そうだよな。俺達って、普段はお客様と対面する訳じゃないから、こんなふうにお礼を言われることなんて滅多にないもんな」

そうですよねえと、伊沢は感慨深く頷く。

「それでさ、これ、どうすればいいと思う?」
「は?どうすればって?」

急に現実に引き戻され、伊沢は首をかしげる。

「だから、このメールの返事。書いた方がいいかな?」
「うーん、会話としてはこれで完結してますよね。だから書かなくても大丈夫だと思いますけど…」

そう言ってから、伊沢はチラリと野中の様子をうかがう。

「でも書きたいんですよね?野中さんは」
「え!いや、別にそういう訳では…」

あからさまに動揺している。

「いいんじゃないですか?書いても」
「そ、そうかな?」
「ええ。きっとこの方もお返事来たら喜んでくださると思いますよ」
「じゃあさ、なんて書けばいいかな?」
「それはご自分で考えてくださいよ」
「えー、頼むよ伊沢ちゃん。一緒に考えてくれよー」

拝むように野中は両手を合わせる。

「俺なんかより野中さんがご自分で考えた方がいいですって。野中さん、俺の2倍の人生、生きてらっしゃるんですから」
「アホー!そんなに長く生きとらんわい」

あはは!と伊沢は、いつもの調子に戻った野中に笑う。

「とにかく!野中さんの素直な気持ちをストレートに書いたらいいと思いますよ?」
「そうかな…。迷惑じゃないかな?」
「大丈夫ですって。それにパイロットと男は決断力が大事なんでしょ?」
「おうよ!」

胸を逸らしてみせる野中に、伊沢はもう一度笑いかけた。

「男を見せてくださいよ、キャプテン!」
「よっしゃ!ありがとな、伊沢」

キリッとした顔つきで立ち去る野中を見送り、はあと伊沢は小さくため息をつく。
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