鬼社長の迸る視線に今夜も甘く絆される
どんな体でも愛される資格はあるから
(伊織の回想)

二十年前。
伊織が小学校五年生の時。
幼い頃から病弱だった伊織は、九歳の時から難病に侵されていた。
治療法が確立されていない病で、手の施しようがないと医師からも匙を投げられたほど。
大きな病院をあちこち回り、それでも治療らしい治療もして貰えず、伊織の体は衰弱していく一方で。

骨と皮になりゆく息子の姿が耐え難く、次第に病院に姿を見せなくなった両親。
そして、伊織を祖父に任せっきりにし、二つ年下の弟を溺愛するようになった。

祖父である喜一(きいち)は、“仕事が忙しいようだ”と嘘を吐いて伊織を温かく見守った。

そんな中、同じ病院に祖母が入院しているという幼い女の子と出会った。
伊織は祖父が押す車椅子で中庭を散歩している時に、自分より小さなその女の子が、一人で大きな欅の木の根元に蹲っているのに気づく。

「何してるの?」

白いスカートを真っ黒に汚しながら、必死に土を掘り返してるその子に無意識に声をかけていた。

「おばあちゃんが早く治るように、お願いごと書いた紙を埋めるのっ」
「埋めたら、お願いごと叶うの?」
「大きな木には精霊様が宿ってるから、きっと叶えてくれる」

涙目になりながら必死におもちゃのスコップで掘り返している女の子の言葉に、伊織は衝撃を受けた。
ただ病室のベッドの上で待つだけの日々ではなく、こんな風に何かに希望を馳せることも出来るのだと。

「おじいちゃんっ、僕も埋めたいっ!!」
「そうだな、まずはスコップを用意するのと、願い事を紙に書いて瓶に詰めないとな」
「うん!」

子供だましの迷信のようなものだとしても、生きる意欲に繋がるのであれば、何だってしてやりたい。
祖父の喜一は久しぶりに微笑む伊織に、胸が熱く締め付けられていた。

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