鬼社長の迸る視線に今夜も甘く絆される

「好きそうなものでも作っといてやるか」

栞那が仕事へと行ってしまった後、自宅に残された伊織は、珈琲の入ったマグカップに口を付けながら冷蔵庫を覗く。

三日前の大晦日に自分の正体を明かし、プロポーズもした。
はっきりと返事は貰えてないものの、恋人としての甘い時間は過ごせている。

『既成事実を作ったら如何ですか?』
恋愛に不器用すぎる俺に秘書の三井が痺れを切らし掛けた言葉。

彼女のように恋愛に後ろ向きの女性は、追えば追うほど逃げたくなりガードが固くなると言っていた。
ここぞのタイミングを見計らって、砦を崩すのがベストだと。

昔から兄貴的存在の三井は、公私ともに支えてくれる唯一心を許している男でもある。
五年交際した女性と二年前に結婚し、ますます男に磨きがかかったというか。
男の俺が見ても、惚れ惚れするような性格だ。

優しくて気が利いて情に厚くて、仕事はできるし見た目も完璧。
女性社員が三井と話いても気にも留めなかったのに、栞那が三井と話しているだけで焦りが出る。
こんなにも完璧な男を前にしたら、俺なんて霞んでしまいそうで。

彼女にとって特別な存在になりたいけれど、彼女の求めてる恋人像がいまいち分からない。
外見でなく、性格的な内面を見てくれる人がいいと言われても、当たり前すぎて。

性格が合わない相手と付き合うだなんて出来るはずがないのに。
そんな当たり前なことすらなかったというのだろうか。

だとしたら、余程ろくな男と出会ってないのか。
俺のように恋愛に不器用なのか。

“帰りたくない病”を発病すると言っていた。
そんな風に思考が働く恋愛しかして来なかったのか。

< 94 / 156 >

この作品をシェア

pagetop