「好き」と言わない選択肢
それぞれの関係
 ~拓真~

 おやじとおふくろが、血相抱えて店を飛び出して行ったのを、今でもはっきりと覚えている。俺が大学二年。咲音が高校三年の秋だった。

「おい、どうしたんだよ!」

「さっちゃんが…… 学校で倒れて救急車で運ばれたの。ママと連絡取れなくて、うちに連絡きたのよ」

「おい! 早くしろ!」

先に車に乗り込んだおやじが叫んだ。

「俺も行く!」



 処置室の前で、どのくらい待ったのだろうか? おじさんとおばさんが駆けつけ、すぐに手術になった。

 いくら鈍感な俺でも、事態が深刻な事は分かった。
 おじさんは、嘘はつけないと、俺にも咲音の心臓が長くは持たない事を教えてくれた。

 すぐになんて理解は出来なかった。
 まだ、十八才だ。そんな事があっていいのか? おかしいだろ? 何度、その言葉を繰り返しただろうか? 
 どうしようもなくて、一人で泣く事しか出来なかった。

 退院して間もない咲音に、俺は、正直なんて声をかけていいか分からなかった。先に声をかけてきたのは、咲音の方だった。

「拓真兄、私、病気になっちゃった。皆と同じには生きられないって……」

「そんな事、分からねぇだろ。治療方法だってあるかもしれない!」

 情けないほど、当たり前の言葉しか言えなかった……

「うん。でもね、皆の悲しい顔見たくないな……」

「だから、先の事なんて分からないじゃないか? 生きる事考えろよ」

 自分がどれだけ酷な事を言っているのか、分かっていなかった。


「違うの…… 私自身が辛いんだよ…… 大切な人達と別れるかもしれないって思うと……
だから、人とあまり近づきたくない。友達は、卒業したら少しずつ離れていけば、どこかで元気にやっているって思われるでしょ」

「そんなバカな事……」

「拓真兄協力して…… 拓真兄は、絶対に泣かないで……」


 咲音の目は、冷たくも感じる真っすぐな目だった。死とか生きるとかを、全て受け止めた目だった。

 人から言わせれば、そんなのは綺麗ごとで、もっと甘えればいいとか、やりたい事やればいいとか、思うだろうけど、俺は、この時の咲音の目に、何も言えなかった。

 十八才の高校生が背負った重みが大き過ぎて……
 
 誰かを悲しませたくない、自分も悲しみたくない、そんな思いだったんだろう……


 それから、俺は自分の人生ってやつを、真剣に考え始めた。自分に何が出来るのか? 

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