冷酷御曹司の〈運命の番〉はお断りです
 我に返って、何とか言葉を紡ぐ。

 社長はしばらくじっと私を見つめていたが、ややあって手に持った分厚い資料を差し出した。株主総会に関する資料だった。

「法務部長に確認したいことがあったんだが、もう帰宅しているか」
「はい、伝言ありますか?」
「いや、また明日メールするから構わない」

 資料にはいくつもの書き込みがあり、彼が丹念に読み込んでいることが伝わってきた。

 会議での厳しい指摘は、こういうところから来ているのだろう。ただ冷酷なだけではなく、相応の努力をしているのだ。
 彼の優秀さには、裏打ちされた確かな積み重ねがある。

 ぼうっとそれを眺めているうちに、社長が西田先輩の席に座った。ポンと資料を机に置いて、私の方に膝を向ける。

 隣の席。昨夜の事が思い出されて、私は肩を強ばらせた。

 それに気づいているのかいないのか、社長が話し始める。

「今日の説明はやはり上手くいったな」
「へ」

 思いがけない言葉に、私は狼狽える。社長はなぜだか嬉しげに、

「資料の構成も見やすかったし、口頭の説明も分かりやすかった。近時の事例に関する質問にもすぐに答えられたのは、いつも関連ニュースをチェックしているからだろう。雨宮なら答えられると思って見ていたが、思った通りだったな」

 語る口元が緩んでいる。

 私の成功を、自分の事のように喜んでくれている。私ならできると、迷いなく信じてくれていた。

 その顔を見ていると、何だか胸の奥に、ぽっと火が灯ったように思えた。
 この先どんな壁にぶち当たっても、その光を拠り所に頑張っていけるような。

 社長が微笑して首を傾ける。さらりと流れた前髪の奥で、瞳が輝いている。

「それで、褒美は何がいい?」

 これを告げるなら今しかない、と思った。

「……社長、次の休み、空いてますか。二人でお出かけしたいです」

 今までずっと隠していた、話せなかった、私の過去。
 ――どうして運命の番を作りたくないのかを。
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