冷酷御曹司の〈運命の番〉はお断りです
「決まっています。我々の事業を、製薬業に縁もゆかりもない鏑木商事に渡すわけにはいかない。社長を退任していただきます」

 取締役の顔には断固とした決意が浮かんでいた。
 社長を睨み「他の皆さんもそうでしょう」と他の取締役に同意を求める。皆一様に険しい顔をして首肯した。

「……なるほど」

 社長が呟く。取締役一人一人を見つめ、それからふっと肩の力を抜いた。
 何かを決意したように、強く拳が握られた。

「私がここにいるのは、月読コーポレーションとは関係がない。理由はただ一つ。この会社が、第二の性に関する薬剤に関して、最も熱心に研究を進めているからだ」

 しん、と部屋が静まり返る。
 社長の言葉の意味するところは、すなわち。

「私は何度も、この会社の抑制剤に救われた。副作用が少なく、薬効は高い。抑制剤の市販薬を初めて作ったのもクラウン製薬だ」

 抑制剤、とハッキリ言った。
 それが必要なのはオメガだけで、つまり社長は今、自分の第二の性を明かしたのだ。

 唖然と声を失う取締役たちに、社長は挑むような面持ちで続ける。

「確かに、私がここにいなければ、鏑木商事は敵対的買収など仕掛けてこなかったかもしれない。だが、鏑木商事が製薬業に関心がないのは明らかだ。もしこの会社が鏑木商事の手に渡れば、困る人々が必ず出てくる。私は――それを防ぎたい」

 しばらく、部屋には静寂が満ちた。
 誰も物音一つ立てず、息を潜めて社長を窺っている。
 社長は部屋中の視線を集め、しかし一切揺らぎを見せなかった。
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